徒歩十分のロードムービー / 第十話 / 完

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僕の貯金がだんだん減って、まるで格闘ゲームのヒットポイントみたいに思えた。

埼玉県に一年住んでいたおかげで、和光市役所は遠いところからわざわざ住民税の支払伝票を届けてくださった。もうゲージは真っ赤になっていた。悲鳴をあげて倒れるのも時間の問題だった。もうお遊びはこれで仕舞いだった。

三人と連絡を取って、ゴールデンウイークを四人で遊ぶことになった。

岐阜の話は、チバとアキラも加勢して「高い」と一蹴され、散々に言われた揚げ句流れた。それでも旅行好きのオノは譲らなくて結局チバのいる浜松で集まろうと話はそこで落ち着いた。それでそのゴールデンウイークになったのはよかったが、なんば高島屋の前でオノ以外の三人が集まることになった。

これには僕も助かった。僕らはいつもグダグダで浜松の話なんてまるでなかったみたいにしていた。

チバが実家に帰ってしまったのが発端だった。新人の初めての連休に実家に帰ってくるのはよくある話だろうが、それにしても話が違っていた。東京からオノが出発するその日のドタバタだったのも重なって、オノは文句をつけていた。以下はそのチャットでのやり取りだ。

 オノ「え?チバ大阪おんの」
 アキラ「お前どこおんねん」
 オノ「いや、まだ東京やけど」
 チバ「何してんの」
 オノ「仕事や」
 アキラ「いつ大阪着くん?」
 チバ「はよ、大阪来いよ」
 オノ「いやいや、浜松ちゃうかったっけ?」
 チバ「何言ってるかわからんわ」
 僕「待ってんねんけど」
 オノ「え?何がどうなってんの?」
 アキラ「お前がどうなってんねん」
 チバ「高島屋の前な」
 僕「了解」アキラ「了解」
 オノ「いやいや、ちゃうやん。まあええわ、仕事終わったらまた連絡する」

以上の件を終えると僕は自転車で難波に向かった。

みんなが難波に着くまで時間があった、僕は少し遠回りしようと母校を見て回って行くことにした。あんなに痛い目を見た後だったが、ただ今度は心の準備がついていた。僕の知らない間に世の中が変わっていくのは至極当然のことだ。そうだろ?

自転車だと速い、周囲の景色に魅せられて悩む時間はなかった。天王寺駅周辺まではずっと上り坂が続く。

体力がなくなっていることに驚いた。自衛隊であれだけ鍛えても、トレーニングは続けていないと元の木阿弥だった。

買ったばかりの折り畳み自転車が立ちこぎしたくらいで軋んだ。安物をつかまされた。安かろう悪かろうだった。おそらく一年そこらで壊れて、余計に高くつくのだろう。

しばらく進んでいると、既視感のある通りに出て、そこは通学路だった。何回往復したのか今では計算するのも嫌だったが、よくこんなところを毎日通って事故一つ遭わずに済んだものだと感心した。歩道は狭く、駐輪車が店の前に並んで邪魔をしているものだから、自転車が通る余裕がない。縁石の外を走ろうと歩道を出ると車が近くを勢いよく走り抜けていく。風でハンドルが取られてハラハラしっぱなしだった。

天王寺駅周辺では車の数が増えて、歩道橋ばかりになり横断歩道が少なくなる。自転車だと回って行かないといけない。朝、時間がない学生にとってはショートカットするしかなかった。天王寺動物園前の交差点に歩行者用の信号はない。そこを車が右折交差する時を見計らって、真ん中をななめに突っ切って行っていた。この年になって手前まで来てみると怖気づいて、回り道して向こう側に渡った。恐いもの知らずだったと、改めて気づかされた。

ここの通りを渡ると後は学校まで下りで楽だった。動物園の脇の坂を下って行く。僕が通学していた頃は、この通りに動物園側に隙間なく浮浪者の小屋が並んでいた。それがきれいさっぱり居なくなって、あの人たちは一体どこに行ったんだろうかとふと思った。

前をあまり気にしていなかった。昔は一本道で何も考えず走っていれば大型の銭湯が見えて、フィスティバルゲートと言うレジャー施設がすぐ見えて来るはずだったが、整備され上っていく歩道と、下っていく車道に分かれていた。

速度も出ていて咄嗟に下を選んだ。もう上りはないと高をくくっていた。間違っていて、危うくそのまま高速道路に自転車で侵入するところだった。僕が上京している間の市長は大阪を浄化しようと頑張った軌跡が見えた。轢かれそうになりながら引き返し、正解の道を走った。

それほどしないうちに銭湯が見えたが奥にあるフィスティバルゲートはがれきの山になっていた。小さな遊園地だった。でも当時からほとんどのアトラクションは閉鎖されていて、薄気味悪いゴーストタウンみたいになっていた。だからこうなるのも仕方がなかった。

ここの九階に映画館があった。その映画館は昔のいい映画をよくやっていた。学校も近かったからよく行った。席数もそんなに多くない劇場が四スクリーンこぢんまりとあるだけだった。ゴーストタウンの上にあるにしては綺麗にしていた。

サキとのデートに一回使わせてもらったりもした。その時何を観たのか、舞い上がっていて覚えてない。もう今となっては瓦礫に埋もれていたが、リュウと会った日に比べれば気分はよっぽどましだった。

踏切超えて環状線沿いを行くと学校だ。

学校はさほど変わっていなかった。体育館の外壁が塗り直されてラブホテルのように見えた以外は変わっていなかった。なぜ淡いピンクに塗ってしまったのか、誰が決めたのか、誰も反対しなかったか。僕は変質者に思われてはかなわないと、それほど長く見ていられなかったが、他に変わった様子はなかった。

校門から食堂が見えて思い出した。食堂の前に自動販売機が二つある。

あれは三年生だった。自動販売機が補充の為、開いていて周りに誰もいない。考えれば補充して誰もいないわけがないことはすぐわかるはずが、オノと僕がそれを見つけて罠にかかった。オノが「いけるんじゃね?」と意味のわからないことを言って、自動販売機からジュースを盗った。僕は後ろで「やめとけよ」と言ってはぐらかしていた。食堂の中からおっさんが始終それを見ていて「何をしてんだ」と出てきた。陰険で、見ていたのなら盗る前になぜ止めないのか。犯行成立まできっちり見届けた上だった。食堂のオヤジでブクブク太ってジャバザハットみたいなおっさんは、悪い顔をしていて、鯛が釣れたとニタリ顔だった。オノは「すんません」と謝った。僕も悪い性格をしていて、後ろで見て笑っていた。だが五分もしない間にあれだけ空気が変わってしまうとやはり笑ってしまう。それで手たたいて笑っていたら、おっさんは「友達だったら何で止めてやらないんだ」と僕にまで説教をたれた。おかげで二人揃って校長に呼び出され、一週間の自宅謹慎、停学に処された。文化祭と重なっていて、文化祭の中、僕とオノはミナミで楽しく遊ぶ羽目になった。二人では暇で、学校の前まで行って文化祭をエスケープしたやつらとも一緒になってカラオケやゲームセンターで遊んだ。

学校から大国町を抜けて、恵比寿神社の前を通り、途中にあるうどん屋で一番安いかけうどんに天かすを山盛り入れて食べた。入れすぎて天かすがうどんつゆを全部吸い汁がなくなり、汁を食うように思えて学生の胃袋は満たされる。

大阪市立体育館は民営化され訳のわからない名前に変わっていて思わず笑った。その向かいにファミリーレストランが二階にあったが潰れていた。

高校一年の時、僕は硬式テニス部にいた。同級生の一人と校庭をランニングしていて「そういえばどうしてリョウヘイは昨日いなかったの」と彼は言った。

こいつは馬鹿だった。そのファミリーレストランで前日に部活終わりに一年の部員だけで飯を食っていたらしく、それに僕は呼ばれてなかったと知った。どこか手を抜いてやっていたのがたたって、誰が嫌っていたのかは知らないが、嫌われていたのだろう。

僕は腹が立って、その日中に退部届を出した。表っ面だけ良くしてた連中が一変に嫌いになった。

だがこの一件で仲良くなったのがチバだった。あいつも同じテニス部で、退部するまでそんなに話したことはなかったが、チバも僕が辞めた後に辞めたのをきっかけに、僕が辞めて辞めやすくなったのかたまたまタイミングが重なったのか、とにかく僕はチバと仲良くなった。あのファミリーレストランは潰れてざまあみろと思った。

なんば高島屋の前にアキラとチバはもう着いていた。七時を回って夜になっていた。
「オノは?」僕は聞いた。
「さっき仕事終わったらしいで」アキラが言った。アキラは前よりも痩せていた。百キロオーバーあったが、それを二十キロばかし落としたらしい。ジーンズのウエストがベルトで波打っていた。
「おう、腹減ったぞ」チバは言った。こいつは大食漢なわりにちっとも太らない。胃下垂か、それともカロリーを脳味噌で全部消費してしまうのか。チバは頭がいい。
「レイコさん元気してんの?」僕の母のことだ。アキラは僕の母を面白がって名前で呼んでいる。
「ずっと韓流ドラマ見てるわ」
チバがイヤホンを外してゲームをしていた携帯電話をポケットにしまうと、僕らを見ながら口を牛が草を食んでるようにして見せた。
「とりあえず歩くか、何食う?」アキラが言った。
「さわやかかな」チバが言った。さわやかは静岡を中心に展開しているハンバーグがおいしい店らしく、チバははまって、休みにはそこへ行って僕らにさわやかの写真を随時送っていた。
「肉か」
「俺はなんでもええで」
「任せるわ」
「とりあえず歩くか」
「とりあえずどっちいく?」
「適当に決めればいいか」

商店街の店は素通りした。表に並んでる店は大阪らしいものをたらふく食わせて貰えはするが、大体観光客用で同じものでも少し値が張る。

タコ焼きも表通りと裏通りでは値段が違う。素材が違うのか、味の違いがわからない舌が馬鹿なのか、僕は裏通りにあるような安っぽいタコ焼きのほうが好きだが、育ちの違いとかがあるのだろう。出汁はちゃんと鰹節でとらないと嫌だとかあるのかもしれない。

ただ、大阪に住んでいる人間としては別段、大阪らしいものはお呼びじゃなかった。

千日前、花月の前を過ぎて、道具屋筋、その裏路地に入った。なんばと日本橋の間ぐらいの小道に店が唸っていた。十何席ぐらいしかない小さな店がほとんどで、どこも温度の高い橙色の照明とガヤが漏れていた。賑やかだった。こんなところがあったとは思いもしなかった。

ゲームだとか漫画だとかを買いに日本橋へはよく行ったが、あの時は酒を飲む習慣がなかったから目につかず、日本橋はそういう町だとばかりと思い込んでいた。立て看板で道はふさがって、車はもちろん進入禁止で、人も横に並んで歩けないぐらい狭い。ゴールデンウイーク特価で、生ビール二百四十円と紙に書いた札を看板に張り付けて謳っていた。剥がしてみると百八十円とあった。

歩いているうちに面白そうな雑居ビルを見つけ気になった。

入ってみると、一階に数店舗あり、廊下を歩いて奥へ入ると、派手なおばさんがもつ鍋屋さんの入口前に立っていた。背の小さいおばさんと僕らは目が合い「お店探してるの?」と気安く話しかけてきた。僕らがうんともすんとも言う前に、おばさんは構わず「ここ安くて美味しいわよ」と勧めてきた。
「なんぼ何?」アキラは聞いた。

話を通すのはいつもアキラの役だった。

新宿の映画館でレイトショーを見に行った時にアキラが活躍したことがあった。映写機が壊れ上映できなくなり、映写技師も不在でどうしようもないと、店員はチケットを払い戻すと言った。終電が過ぎた中、そんな話はない。店員を十五人ほどが囲んでいる中で「終電も終わってんのにどうせい言うねん。どないすんねん」とアキラは食ってかかった。僕らは歩いて帰れる距離だが、電車で帰るしかなく始発まで時間を潰しに映画でもと言う人がいてもおかしくなかった。結局、責任者はどこだ、責任者を出せと言う具合で無料一回券を配ることで収まった。

東京の人は目立つことをしない。声を荒げないことがマナーだと言いたいのか。無粋なことをされ、文句の一つも言えないのはもっと無粋な気もした。
「もつがうまいで。二人前で千二百八十円で結構お腹膨れるで」おばさんはノリに乗ってぐいぐい来る。僕らは押しに弱い。「じゃあここにするか」とそう言う雰囲気が流れて、おばさんは察したのか「決まりや、どうせどこも埋まってるで」と、チバはおばさんに捕まって中に連れていかれた。「兄ちゃん、三名様」と中から聞こえた。アキラと僕は後に続いた。

中にはテーブル席が四つ、一番奥に違うおばさんが三人座って鍋をつついていた。キャッチのおばさんは「イケメン連れてきたで」と黄色い声をあげて、おばさんグループに加わって話し始めた。隣のテーブルに僕ら三人は座り、もつ鍋の店でなぜか蝶ネクタイを締めた店員が温かいおしぼりを持ってきた。
「え?おばちゃんがやってんちゃうの?」とアキラは言った。
「ただの客やん」「女子会や、女子会」「ほんまやで」「味はうまいから心配せんでもええで」おばさんが言った。誰がどれを言ったのかわからなかった。
「店員ちゃうんか」チバも僕も笑ったね。
「何で呼び込みなんかしてはったん?」アキラが言うと「たまたまやん」とさっきのおばさんが答えた。たまたま客が呼び込みして堪るか、と思った。

メニューを見て値段は言ってた通りで僕は一安心した。気分が乗っている時のおばさんはシマウマよりも広い範囲が見えている。僕がメニュー表を見てるのに気が付いて「もつ鍋おすすめやで」とおばさんはしつこかった。その間、店員は寡黙を守っている。
「灰皿ってあります?」とチバが聞くと店員が「入口のところしかないんですよ」と言った。これには三人とも参ってしまった。想像していなかった仕打ちだった。そのまま帰ろうかと、三人は一瞬よぎったが、入口にあるスタンド型の灰皿の前にも席があり、僕らはそっちに転卓することにした。
「そっちに移ってもいいですか?」とアキラが店員に断ると「あ、どうぞ」と店員は了承した。「あらま、どうしたん?」とおばさんは言った。
「佐々木さん嫌われたんちゃうの?」とおばさん同士がなじりあった。僕らが一度置いた荷物を持って席を立ったものだから突っ込んできたのだ。さっきまでアンテナを広げていたのに、アキラの注文は聞こえなかったらしい。
「タバコあっちでしか吸われへんみたいなんで」とアキラが事情説明をしていたのが可笑しかった。

飲み物が届いて飲んで立ち上がり灰皿のところまで行ってタバコを吸った。面倒だった。しかも入口が近く、三人で吸おうとすると入口を塞いで吸い心地が悪い。入れ替わり立ち代わりタバコを吸いに行く。もつ鍋を食べ終わり、吸う。から揚げを食べた後も、吸う。一杯飲むと吸いたくなる。その度に席を立ってタバコを吸わねばならない。幸い灰皿に一番近くで座っていた僕は立たないでも手を伸ばせば届きはしたが、品が無く嫌だった。三人が灰皿を囲みタバコ吸ってる時点で品もくそもあったものではないが、どうにも灰を床に落としそうで嫌だった。

チャッキーに朝早く築地に連れられたことがあり、ラーメンと寿司をおごってもらった後、喫茶店に入った。そこにも灰皿が無い。「すみません」と僕は灰皿を頼んだ。そしたらチャッキーが「床に捨てればいいから」とそう言って僕は驚いた。まさかと思いながら見ているとチャッキーは床にタバコを捨ててしまった。その店はそういうシステムだった。床がタイルで燃えず、清掃の際、ほうきで掃いて水で流すから、タバコが捨てられてようが同じで、むしろ灰皿を洗う方が面倒だと店の人は言っていた。いつからやっているのか、相当年季の入った店だった。床に捨てる抵抗感はあったが、段々と慣れてくる。気持ち良くなり、どうすれば収まりよく自然に捨てられるかと色々試した。火が付いたまま捨てるのか、靴底にこすりつけて消して捨ててみたり、腕をだらんと下げて、さりげなく捨ててみたりした。

店を出て「灰皿ないとかありえへん」とアキラは言った。

喫煙率百パーセントの僕らが、タバコもまともに吸えない店に長く居られるわけがなかった。

僕らは店を出て心斎橋に向かって商店街を歩いていた。騒がしく、通りに向かってスピーカーがどんちゃんどんちゃんと鳴らす店があった。目立とうと必死で、和太鼓をドンドコドコドコ鳴らしながら「ヘイラッシャイ!」と騒いでいるのはまるで祭りだった。毎日祭りをしているのだ。日常が祭りなら、本当の祭りはどうなってしまうのか。軒先で本物の太鼓叩いて見せるのだろうか。

今日は祭りでもないのに人が多くて歩くのが嫌になった。後ろも前もいっぱいで、突っ立っていても連れて行かれるようで、自分の意志で歩いてる気がせずベルトコンベアで運ばれている気分だった。

流されて店を見ていると、よく行ったゲームセンターはなくなっていた。そこでテニス部の部長が部活をさぼって彼女とデートしたのと鉢合わせたことがあった。どちらもさぼりで部長もそんなに叱責できず妙な空気が流れて互いに愛想笑いでサヨナラをした。軟派な部活だった。

そのまま流されて引っかけ橋の前まで来た。道頓堀は綺麗になっていたが、人間は相変わらずだった。

引っかけ橋の前はキャッチが多く辟易する。僕らが話していても、あいつらは構いはしない。ずけずけ割って入ってくる。自分の食い扶持で必死になるのは仕方がないとも思うが、それにしてももっと本気で良い店を紹介するやつは現れないのか。決まってぼったくるから疎まれる。身から出た錆で、もう少し賢くできないものなのか。飲む気もさらさらないと散々言っても勧めてくるのは居酒屋やキャバクラばかりだ。人の話は一切聞かない。そのくせ次の目標を見つけるとさっぱりしていて、黙って消えてしまう。消える分にはそれでいい気もするが、なにか違う気がする。
「なにするよ」僕は言った。このまま歩いてても埒が明かなかった。
「なんでもええで」とアキラが言った。
「ダーツしようぜ」とチバは言った。
「めずらしいな。ダーツなんかやってんの?」アキラが聞いた。
「おう、ダーツしようぜ」チバは繰り返した。チバは自分のことをあんまり語らない。真剣に聞かれれば答えるスタンスで、相槌程度の会話では滅多に語らない。チバは脳味噌を三つぐらい持っていて、ゲームで僕はチバに勝ったことは一度もなかった。ゲームと言っても幅が広く、テレビゲームや将棋にオセロ、ボードゲーム、学校のテストなんかもチバにとってはゲームに違いない。

チバがやる気になったことは僕なんかが追いつけないほど高みに行ってしまう。僕がチバに勝てることと言えば速く走るくらいだった。

引っかけ橋を渡って向こう側、心斎橋商店街に入る手前の短い横断歩道で、高校の頃チバとオノの三人でよく行ったカフェが見えた。

嫌な予感はあった。やはり潰れていた。二階は百席あるほど広いが、肝心の客がいなかったのだ。今は形だけ残って中身がしーんとしていた。外に人は腐るほど往来しているが中は真っ暗だった。シャッターが降りて、中の様子を窺えなければ、どうしようもないと踏ん切りもつくが、見えなさそうで見える。期待が膨らみ、目を凝らし見てしまった。中で店員が明日の準備をしていないか、皿に埃が付かないようにリネンがかけられていないか。暗くてそこまではっきり見えないが、中は備え付けの設備を残しただけの抜け殻だった。

タクシーが僕にクラクションを鳴らした。振り向くとタクシーは僕の寸前で停まっていた。ブレーキをかけたばかりで、車体が慣性でスプリングを効かせてるのが分かった。短い歩道で、信号を見ていなかった。僕が車線から外れるとタクシーは急発進して抜けていった。
「危なかったわ」僕は二人に追いついて言った。
「どないしたん」アキラが言って「いや、茶店が潰れっとってん」と僕は言った。
「よう行ったな。チーズ作ったん覚えてるわ」とチバは笑った。つられて僕も笑った。そしたら「チーズ作った?」とアキラが聞いた。チバは「フレッシュミルク十個くらい開けてレモン汁入れてチーズ作ってん。分離するやん。食ったらむっちゃ酸っぱくてソファーの間に捨てたわ」と説明すると「お前らアホやろ」と言ってアキラも笑った。チバが「よう行ってたよな。何話してたか全然覚えてないけど」と僕に言った。「俺も全然覚えてないわ。なんか宇宙がどうたらとか下らんこと話してたような気がするわ」と僕が言うと「ああそんなこと話してたな。宇宙の外だとか真面目に話してたわ」とチバは思い出した。
「先生、答えは出たんですか」アキラが囃し立てて「出るわけないやん」とチバは言った。「ですよねー」アキラは茶化した。

思い出はすっ飛んで、僕の思いもしないところで消えてしまう。失くして、あれやこれや掘り起こそうとしても無駄なあがきで、折角触れたいいものも、瞬き一つで遠く彼方に消えて、気付いた頃には何がなんだかわからなくなる。今のご時世、情報は光の速さで伝わり、なにかあったと余韻だけ残して、意地悪だけして去っていく。

ちんどん屋が商店街を歩いていた。白粉を塗り、締太鼓や摺鉦を叩いてチンドン鳴らしてアーケードを歩いていた。派手な和服を着て、タイムスリップしたみたいにして練り歩く。ヘンテコなことをしても過ぎれば只の人だった。音もフェードアウトして五分もしないうちに話題の中に溶けていく。

新宿西口のおっさんも今頃暑くなったとでも言っているのだろう。そんなものまで抱えてしまうのは馬鹿らしい。笑って仕舞、まずいものも胃に落ちれば味もわからなくなる。新宿で食べたゲテモノも、Rの頼んだストロベリーは今となっては一緒だった。その場その場で茶化してしまえばお役御免、雑多なものを煙に巻いて、はぐらかして捨ててしまう。捨てても次から次へとやってくる。全部拾って行こうものなら無理が来る。今あるそこに食いついて、食べ散らかしたら次へ行けばいい。

トラとスノーボードをしに、出発したのは朝三時だった。碌に寝ていないトラが運転する中、新潟に向かった。トラはガムを噛んで、それでもダメだと、僕に「見えるもんに全部ツッコんでいって」と無茶を言った。法定速度を無視して駆け抜ける車から、窓越しに変哲もない看板の残像に文句を付ける。トラが寝てしまえば事故って現世よさようなら、お陀仏になってあいつの横に灰になって眠る。そうならずに済んだ今も根本は何も変わっていない。ただ速度が違うだけだった。迷えば終わり、寝れば終わり。節目節目を作ってしまうから悩んでしまう。悩めば沼の底、這いだすには時間がかかる。かかった割には泥まみれ、いいことなんて一つもない。

ブルに三本刺さった。僕ははしゃいでいて、二人に精いっぱいのアピールをした。恥ずかしい振る舞いも、気持ちが良かった。

その後チバと勝負をして、やはり負けてしまった。三本入ったのはまぐれだったが、それでも嬉しかった。一息ついて灰皿を見ると僕の吸っていたタバコがフィルターのところまで形のまま灰になって燃え尽きていた。吸ってたことをすっかり忘れてしまっていた。僕は新しいタバコに火を付けた。

ダーツは体力を使う。不自然な姿勢で無我夢中でいるものだから、ひどく疲れる。アキラは投げる動作が下手で、早々に白けてほどほどに投げて休んでいた。遊んでいる時のチバの体力は無限大で、僕が休憩しているときもずっと練習がてら投げ続けていた。それでチバも一人で投げていると飽きて、また僕を誘う。

まぐれはもう起きなかったが、結構いい勝負をした。もう散々投げてくたびれた頃にオノが来た。結局この連休も何も計画なしに始まった。

仕事終わりに新幹線に乗って真っ直ぐ来たらしく「飯行こうぜ」とオノは言った。
「おにぎりでも食べとけ」と三人で断った。
「え?もう飯食ったん?」オノは白々しく言った。
「当たり前やん。お前何時や思ってんねん」とアキラが言うと「帰ろうか」とチバが言って僕は笑った。

僕らはダーツを止めにして、オノの胃袋を満たす為にファミリーレストランに入った。趣もへったくれもないが、わずかな金でそこそこの物を食わせてくれる。オノは渋っていたが「岐阜で一人五万」を散々こき下ろされた挙句「お前も偉くなったな」だとか「よ!大富豪」と馬鹿にもされて、とうとう閉口した。

チョリソーやからく味付けした手羽先、ピザにパスタにハンバーグも頼んでつまんだ。居酒屋で狭い所へ押し込められて一人四、五千円払わされるくらいならこっちの方がいい。ここでそれだけ払おうとなると、吐いては食うを三回は繰り返さないと追いつかない。それは貴族の贅沢で、庶民のやることではない。庶民なりの酒も用意した。

一リットル半の白ワインのボトルを頼んだ。マグナムと言う物騒な名前がついていたが、安くて良い。ワインの味の違いはこれっぽっちもわからない四人だから、これで丁度良かった。
「はよ家出たいわ」アキラが言った。アキラも今は実家暮らしだ。
「なんでなん?ええやん実家暮らし。金貯まるやろ」僕は言った。
「どんだけ気使うか。あ、そうやオカンにメールしとかな。ほんま気使うで、部屋ないしな」「部屋ないんか、そりゃつらいな」と僕は言った。
「東京戻って来いよ」オノが言った。
「仕事あったら戻りたいけどな」とアキラは言った。
「坂上はなんやかんや言うて居心地良かったわ」僕は思い出していた。
「新宿も歩いて行けるからな。飲み屋も多いし困らんわな。串カツ屋とか、もはや懐かしいわ」アキラは言った。四人が住んでいたアパートの近くにある店で、アキラが最初に見つけて、それから何度かみんなで寄ったことがあった。二度づけ禁止で大阪っぽいところがある店で、アキラは紅ショウガの天ぷらをよく頼んでいた。僕はそこで初めて紅ショウガの天ぷらを食べたがサクサクしていて塩辛く酒がすすむ味だと思った。
「ああ、行ったな。俺は串焼きのほうが好きやったわ」オノが言った店は、串カツ屋の姉妹店で、そこも近くにあった。鯛をあぶってゆずコショウをちょんと乗せた串焼きは美味かった。オノはそいつばかり食べていた。
「串カツのほうが近かったから串カツのほうがよう行ったわ」と僕が言うと「え?串焼きのほうが近くね」とオノが食って掛かった。僕は「串カツのほうが手前やん」と言うとオノは「変わらなくね?それに信号二つ渡らなあかんやん。串カツは路地入るし」と返した。僕はすぐ納得してしまった。結局、僕は串カツのほうが好きだったのだ。
「源屋」チバが言った。僕が卒業制作を撮ったラーメン屋だ。
「リョウヘイよう卒業させて貰えたよな」とアキラが笑った。
「あの時のリョウヘイは意味わからんかった」チバが言った。
「なんやったっけ。みんなで俺の部屋で格ゲーやってて、リョウヘイのねえちゃんから電話かかってきたんやったっけ?」オノは嫌なこと覚えていた。忘れてくれていた方がよかった。
「そうそう。なんか変やなって思って『どうしたん』て聞いたら『もう俺は卒業せえへん』とか意味わからん事言い出してん。あれやろ、先生からなんでもいいから出しなさいって言われてたんやろ?」アキラもよく覚えていた。
「まあそうやな」と僕は小声になった。
「で、あれや。三人がかりで『取れるもんは取っとけよ』とか色々言って説得して『じゃあもう暇やし今撮ろう』てなって腹も減ってるしラーメン食いに行く動画撮ろうぜってなったんや」アキラの声が大きく聞こえて耳が痛かった。
「そうやな」と僕はうなずいた。
「まあおもろかったからええけどな」チバが言った。

確かにそうだった。面白がって撮っていた。ちゃちなものだったが、今思えばあれはロードムービーだった。移動距離はすこぶる短く、徒歩十分程度だったが、あれはロードムービーだった。僕はもう撮りたかったものを撮っていた。どうやら僕は嘘をついていたみたいだ。困った、こんなことならもっと自信を持っておくべきだった。

あの時からずっとそうだ。僕は何も作ってこなかったと決めてかかっていた。僕はあの人に下らない質問をしてしまったのか。今はもっといい物が撮れそうな気がする。なぜ今日はカメラを持って来ていないのだろう。もったいないことをした。

キャストは揃った。あとはカメラを回すだけだ。身内ネタでも、僕が今作れる精一杯で、これがとても面白いと思うのだ。なぜカメラがないのだ。あの時のコンパクトデジタルカメラなんて比にならない、もっと良いカメラを持っているのだ。自衛隊に居た時に初めてのボーナスで無理して買った良いカメラで新宿御苑に行ってお決まりの構図で花なぞ撮って満足していた。今すぐにでもカメラを取りに帰りたい。それですぐに戻って、こいつらを撮ればどんなに面白いだろう。

終電はとうに過ぎた。いつも僕は準備が疎かだった。こんな時に僕は課題を思い出していた。それに今はすぐ答えられる。今まで僕に起こったことの順番を入れ替えられたらもっと違った物語になっているのだ、チャッキーの豚汁を飲んだ時でも、ラリっていたとしても、すぐに答えられた。そしたらもっとずっと面白いことになっていたかもしれない。

Rを誘った時も塞がってる時ではなく、いい時があったはずだった。はずだとか、もしもと言っても仕方がないが、腹が減ったら食うのだ。眠たかったら寝るのだ。君は僕の一場面を今、目の当たりにして偉そうにしているが、君が思っている以上に僕には切実なのだ。

感覚がマヒしていた。てっきり僕は貧乏だと思っていたが、よほど裕福だった。腹が減れば食えばいいはずが、時間に縛られ、決められた時間に食っていた。腹が減ってもいないのに食っていた。そんなこと毎日していたものだから欲がわからなくなっていた。そうなればもう生き物として欠陥品で、ネジが外れたロボットだ。誰のせいだ、自分のせいだ。目の前にぶら下げられたニンジンを追いかけ走っていただけだった。竜宮城のパフォーマンスに目がくらんでいただけだった。

浦島太郎は竜宮城へ行くつもりはなかった。亀を助けるまでは自分の意志で、その先はどうかわからない。釣竿を持って浜辺に来ていたのだから釣りをするはずだったのかもしれない。僕は屁理屈ばかりこねて、下らない事を散々言ったが、少し安心していた。

食うだとか寝るだとか犯るだとか盗るだとか、欲望と聞けばもっと動物を思い浮かぶ。僕は今丁度お腹もすいていなかった、眠たくもない。Rを思い出しても襲いたいとは絶対に思わない。僕の欲はぎらついたものではなく、率直でもっとささやかでこぎれいだった。
「次なにする?」とオノは言った。

おわり

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筆者あとがき

群像に初めて投稿した作品で僕の中編処女作。一次にも引っかからず落選。読み返してみると、まあそりゃ落選だわなと思う。書き上げた当時は頭に血が昇って、ある種の興奮状態だったのだろう。僕みたいに熱しやすい人は編集者なりなんでもいいが、冷静な視点が必要なのかもしれない。そんな後悔はさておき、ブログになぜ上げたかと言えば、HDDに埋もれたままにしておくのも何かかわいそうな気がしたからだ。どうかひと目に触れえるようなところに飾っておきたい、そんな衝動にかられた。

もし、ここまで我慢して読んでいただけた方がいらっしゃれば、僕はそれほど励みになることはないだろうと思うが、おそらくここにたどり着く人はいらっしゃらないだろう。そうなると意味がないのだが、ブログ用にタグ付けする際に少し読めたことは僕個人として良い体験だった。今後も私小説は書いていきたいと思っている。落選を知った時、金輪際私小説なんぞ書きはしないと憤ったが、一年経って冷静になって見返してみれば、なんとも愛おしいものだった。

知識の吸収、娯楽の消費も誠に結構だが、創作や仕事など供給側に回ることには、どうやら敵わないようだ。

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