徒歩十分のロードムービー / 第九話

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「なんで俺のほうが先についてんねん」

軽快なツッコミで迎えられた。
「迷っとったわ」
「なんで迷うねん。まあええわ。とりあえず何すんの?ハイボールでいいん?」

リュウはよく気が付くやつで、中学の頃、誰が誰と付き合っているかを一番よく知っていたのはこのリュウだった。細かいことをよく覚えているやつだった。一度飲んだ時に僕がハイボールばかりを頼んでいたのもリュウってやつは覚えていた。
「いつ帰ってきてたん?」
「一月前くらいかな」
「え?いつまでこっちおるん?」
「こっちに引っ越してん、住民票も移した」
「自衛隊は?」「辞めた」「何で?」「おもんななった」「クズやな」「クズや」

このタバコは当たりだった。僕の吸ってるタバコは味にばらつきがあって、草みたいな味のする時といい香りのする時が箱によって違う。こいつは当たりだった。
「ほんまのところはどうなん?」リュウは鋭い。お茶を濁したような言い方には勘が働く。いい先生だと思った。
「色々あるけど、やっぱおもんななったからやで。最初は面白かったで。靴の磨き方から小銃の撃ち方まで手とり足とり教えてもらってさ。学生に戻った気分やったわ。十八かそこらのやつらとタコ部屋に住んで、長い合宿みたいでさ。何もかも新鮮やったわ。そりゃむっちゃきつかったで、フル装備で走る、ハイポートっていうんやけど、吐いてまうやつもおったわ。その時給料も安いねん、手取りで九万ぐらいか。でもおもろかったよ。それが教育訓練終わって部隊に配属なってからはしょうもなかったな。急に暇になった気分やったわ。で、比較的俺がおった部隊は規律とかは緩かった。でも若い人らは意識高かったから後輩が緩くしてんのが気に食わんねんな。俺も挨拶とか下っ端の仕事も適当にやってたんも重なって、消灯後とかにむっちゃ怒られたわ。脅されたりしたよ。長々話よんねん。日常がそんなんやから、草むしりしてる時が一番おもろかったわ。それで運よくというか運悪くって言った方がいいんか、辞めようか考えてた時に部隊から離れて富士の演習場整備に二週間派遣させることになってん。ずっと土嚢積んだり落ち葉拾ったり草刈ったりしてるだけやったけどおもろかったしバリバリ働いたよ。表彰もされてんで。で、帰隊の日が近づくにつれて憂鬱になってこりゃやっぱりあかんなって思ってもうたんやな。帰ってすぐに上官に辞めたいですって伝えてん。それでまた幸か不幸か入院することになってもうてな。しばらく休むことになってん。それに保険もおりて、金もそこそこ貯まってもうたからいよいよ辞めない理由がなくなってもうて辞めたってわけや。で、三カ月ごり押しして辞めたわ」
「続ける気はなかったん?続けてたら変わることもあるやろ、後輩とかできたら全然ちゃうんちゃう?辞めたい病かかってるようにしか思えんわ」
「中隊長の靴磨きしてる時や。階段の踊り場で磨くんやけど、その日たまたま二曹の人がそこで磨いてはってん。で一緒に磨いてて会話したわけや。その人ええ歳やねんけど、未婚の独り身でアパート暮しや。『やっぱり寂しいよ』とかいいよんねん。むっちゃきついわって思いながら聞いててん。もう別に出世しようとも思わんし、今のポジションもダラダラするだけでいい。家で一人寂しく晩酌して、また朝早くから出勤していつもと同じこと繰り返す毎日なんやて。その上『俺ってなんなんやろうな』とか言われてみ、どう反応したらええかわからんやろ。挙句の果てにうちの中隊長が後輩で、それでやっぱり比べてまうんやろうな。もう何から何まで雲泥の差や。結婚して子供もおってバリバリ仕事もして幸福の絶頂に絶頂重ねて登っていく人と、気分どんぞこで下へ下へ下っていく人と。で俺がそうとも知らずに辞めたいんですって言ったら、辞めてからどうしたらいいかわからんとかまた己の話し始めて新人君の俺に定年後のこと相談しよんねん。それでもう恐くなってもうてな」
「そんなん適当に『はい、はい』て言っといたらええやん」
「いや、ちゃうねん。恐いって言うんはなんか自分の将来見てるようでさ。多分ここで頑張って階級上げて、定年までいていいよって階級になってもうたら、この人みたいになってまうんやろうなって、そう思ってもうてんな。思ってもうたら、その画がリアルに想像できて。続ける気がなくなったわ。それであとは任期までするかそれまでに辞めるかの二択や」
「任期までやったらよかったのに。誰も止めへんかったん?」
「止められたよ。『恩を仇で返すんか』って遠回しに言う人もおったよ。居室の窓から飛ぼうとしてからは、それっきりやったな。やる気ないやつなんか早く辞めさせたらいいのにな。四の五の言ってるやつはインチキやで。隊の為に消えてくれって言ってくれた方がまだ納得するわ。でも中隊長にはほんま迷惑かけたとも思うな」
「まあ何言ってももう辞めてもうたもんはしゃあないわな。次何すんの?すいません、生お代わり」「あ、僕もハイボール」あと少しのハイボールを飲み干してテーブルの端に置いた。
「わからん、何しようかな。思いつかんわ。なんも調べてないしな」
「なんかしたいこととかないの?」
「お、進路指導やな」「お待たせいたしました、生と、ハイボールですね」「早いな」「ええお客さんしかいないもんで」店員がジョッキを二つテーブルに置いた。僕はハイボールを一口飲みジョッキを置くと、泡が上がっては消えるのを見ていた。水面めがけて真っ直ぐに上る泡もあれば、四角い氷のくぼみに貯まる泡なんかもあった。
「したいことできる年やないしな。あんま考えてなかったわ」僕は泡を見ながら言った。
「いずれは働かなあかんやろ」
「そうやな、でもまだ働く気になられへんな」
「映画は?」思わずリュウを見た。リュウは僕ですら忘れたようなことを覚えていた。箱にしっかり錠をかけてしまっておいたと思っていた。
「映画は道楽やな。ありゃあまともに生きてるやつが暇つぶしとか思いつきでやるようなもんやで」
「仕事やろ。映画で食ってる人いっぱいおるやん」
「それがインチキやねん。映画なんて生きる上で全く必要ないやろ。映画見な死ぬとか嘘やで。ノーミュージック、ノーライフとか言ってるやつはおつむのネジ外れとんねん。死ぬわけあらへん。映画なんざ皆騙し騙しやってるだけや。道楽とか暇つぶしで作りましたって言ってる人のほうがよっぽどまともやと思うわ。嘘話に一喜一憂して大金せしめてんねんやから詐欺と変わらんよ。後味のいい詐欺やな。おもろない映画とか救いようないで、後味も悪いねんから、もはやただの詐欺や」

ジュンには悪いと思った。ジュンはいいやつだ。頼まれたものを作っているのだから何も悪くはない。そういう人がほとんどなのだろう。きっとあいつが作っている番組も優しくていい番組になってるはずだ。
「なんか好きなことないの?こういうことがしたいとかさ。インチキとかなんとか言ってても、もう決めてまわんと洒落ならんようなるで」

Rを思い出した。だが皮肉な話だった。僕が今してることはそんな好きなこととは真逆だった。

その日暮らし、日銭を稼いで北向きの湿っぽい部屋で暮らすような生活にRは登場しないと思った。そんな舞台には上がらない人だった。むしろRと楽しく過ごすような幸福を全部、安値で売捌いて初めて、そんな仕事を極力しない生活を手に入れることができる。飲まず打たず買わず、子供もいない、いずれ親類も亡くなって一人ぼっちになることが条件だった。そうすれば死んでもいい権利を得る。そんな不幸を背負ってでも働かないことには芳醇な甘さがあった。

同窓会にももう顔を出さない。古い友人とも一切の連絡を絶って感情を殺してしまえ。煩わしい人間関係を全部捨てて、それぐらいのことをしてやっと手にできる一つの幸福だった。記憶なんて全部腐って落ちて、臭くて堪らなくなったら蓋をする。心配しなくても、そう時間もかからず脳味噌がとろけてくるだろう。そうしたらもうあとは最期を待つだけだ。それはその人生でもっとも幸福な瞬間だ。何か刺激を受けても二秒と覚えていられなくなる。一人では碌に飯も炊けなくなって、箸もおぼつかなくなってくる。腹が空いてることも気づかなかくなって、そのままやせ細る。

本当に皮肉な話だった。二曹のおっさんになるのが嫌で逃げ出したって言ったところだった。まただ、また「どっちか」だ。僕にはいつも「どっちか」しかないのだろうか。
「好きなことやろ、そりゃあるよ」
「なんなん?」

アキラのバイクの後ろに乗って、お台場へ出かけたことがあった。

バイクは車の間を抜けて前に出る。信号待ちではいつも先頭だった。赤信号で停車しているとゲートが開くのを今かと待ってるジョッキーの気分になった。横断歩道が点滅し赤になる、すると車道の信号機の黄色が赤に変わる。僕は吹っ飛ばされないようにシートのバーを強く握って、アキラがニュートラルから一足にギアを踏むと、正面が青になった。アクセルを回すと、その場へ取り残される力を全身に感じる。それを堪えてアキラの肩越しに前を見ると、ちぎれた白い車線が徐々にその間隔を減らして、反比例してエンジンはキーを上げていく。アキラがテンポよくギアを二足にかち上げると、バイクは声色を変えてさらに速度を増していく。タコメーターは振動しながらも針を三十、四十、五十と、てっぺんを目指して回っていく。

半帽をかぶった僕の顔に風が体当たりして目を乾かす。顔は二時間シャワーを当てたみたいに麻痺して感覚が鈍る。緩いカーブの先の信号の赤が次第に近づいて僕はぐっと背中を押される。

車は全部後ろに置いて来た。だだっ広い四車線、信号と僕らの間にはなにもいなかった。停車線にぴたり前輪をつけてバイクが停まっても、僕はまだ信号の先に行こうとしていたのを、バーをつかんでる腕をつっぱって持ちこたえる。晩秋の夜風は少し応えた。

海浜公園前のコンビニエンスストアで買った缶コーヒーだけでなんとかもたせた。百円玉で買える温もりだなんて聞くと寂しい気もした。僕はそれで満足だった。金がなかった。

レインボーブリッジを渡って帰ろう。上を通ると金がかかる。下を通る。それでも楽しかった。やせ我慢ではなかった。上もきっと綺麗でいいところだろう。下もそれはそれで面白い。蛇腹の鉄柱で囲われて遠くは見えずらいが、速度を上げると鉄格子が気にならなくなってくる。さっきまでいたところが見えた。小さな暗い海だった。それでも海はいい。

房総半島の先っちょに野島崎灯台がある。

僕は一度そこから太平洋を一望したことがある。学生最後の年の一月だった。教授はどんなものでもいいから形にして提出しなさいと言っていたが、僕にはどうにもバツが悪かった。

他の連中は血の一滴を絞りだすように作品を作っていると言うのに、一昼夜で作ったような出来損ないでジュンなんかと同じ学位がもらえるのが、どうにも筋が通らないと思った。卒業しても、同じゼミの友人にどういう顔で会えばいいのかわからなかった。友人でいたかった。

明けてきて、僕はとにかく海が見たくなった。そう思った。丸一日寝ていない、衝動から来る高揚感に任せ家を出た。

新宿からバスを乗継ぎ、木更津、内房線で館山、バスで南端の野島崎灯台を目指した。バス車内の空調と日光が暖かくて寝ってしまった。

木更津は寂れていた。

船橋のほうが賑わって見えた。駅でおにぎりと温かい茶を買って、身を縮こませながら駅で食べた。寒さですっかり目が覚めた。木更津から館山まで一時間ほど電車は走った。車内はゆっくりとしていて、緩やかに曲がると車窓の形に注ぐ陽が床をぐーっと動いたのを見て頭が空っぽになった。

向かいの車窓越しに木や家屋の隙間から海が見えた。海が見切れる度に心が踊った。この電車はいやらしく、じらして全部は見せない。

浜金谷の駅に東京湾フェリーの看板があり、帰りはそれに乗って帰ろうと思った。どっちが早いかわからなかったが、行きと違う道で帰る方が楽しそうに思えた。車には酔うが船には不思議と酔わないと母に聞かされたのをふと思い出した。

どんどん南へ、途中高校生が乗り入れ車内は駅を経るごとに賑やかになっていった。若い声が車内を埋め尽くす。それは束の間で、その一団が降りると一気に閑散とした。

山道に入って、トンネルをくぐり、車輪の摩擦音が主張し始める。トンネルを抜けた途端、閉じ込められていた音波が逃げるように四方に広がり薄まった。風切り音が窓を隔てて鈍く聞こえる中、リズム良く、ボッ、ボッ、と鉄柱が均等に並んでる横を電車は過ぎていく。気付けば館山だった。

バスに乗り、灯台が間近に迫ったが海はまだ見えない。丘の先、木や家が邪魔していた。館山から一緒に乗っている老夫婦に気付いて、同じ灯台を目指してるのだと思った。

どうも若い人は来ないようだった。最寄り駅で降りて、浜が見えずどっちが灯台なのかわからなかった。僕は老夫婦についていくことにした。十分ほど歩いた先に港があり、六隻ばかし漁船が停泊していた。潮のいい匂いもして気分が良く、今朝とは全く違っていた。潮の匂いはプランクトンが死んだ匂いらしいがそんなことはどうでもよかった。料理でおいしそうな匂いと言っているが、ほとんど何かの死骸なのだから、気にしないことにした。

シーズンではなかった、店はほとんど閉まっていた。港の奥を見ると階段があって、登った先は一直線の並木道、その先に真っ白の灯台が見えた。

中に入り螺旋階段を登る。しつこく段差の低い階段が続いて、目が回る。どうせならもっと急にすればと思った。よじ登るぐらいに階段を高くすれば、一周でてっぺんに着くと思った。ジジイやババアばかりで、そこは優しくしているのだろうか。やっと途切れて、次は梯子だった。最初からそうしてほしいと思った。上ると馬鹿でかいガラスの卵があった。それがレンズで、一枚だと透明だろう分厚いガラスが何枚も重なって、エメラルドグリーン色に見せていた。その脇を縫って、小窓を外にでると海だった。

横が視界で切れるまで海だった。雲の合間から太陽が注ぎ垂れて海に落ちていた。雲と海は水平線で交ざり、僕の意識が鼻の先からそこに抜けていった。欄干をつかみながら太平洋を見ていた。鳥がすっと横切って、波がゆらゆらしてキラキラ見せていた。

海が好きと言ったら馬鹿だ。リュウが「ないんやろ」と発破をかける。僕はむきになってしまった。
「あるって。酔って頭痛いねん」

こういう時に限ってどうでもいいことを思い出して困る。
「お前は世の中全部嘘や言いたいんやろ?」

まったく、頭が痛い。こんなくだりをどこかで読んだことがある。確か、相手はもっと可愛い女の子だった。こんなごつごつした男じゃなかった。それに舞台はもっとロマンチックで、店員が携帯電話で野球中継を見ているような薄汚いところではなかった。もっと整えてほしいと思った。
「そんなこと思わんよ。いいこともあったよ。入隊前に教会に通ってた時があって、神様が何言ってんのか俺のちっぽけな脳味噌じゃわからんかったけど、なんも知らん俺に青年会の女の人が丁寧に教えてくれてん。それでその日バレンタインデーで、お祈り終わって裏でチョコレートをかじりながらコーヒーやら飲んで談笑しとってん。そしたらその女の人のお父さんが来てはって、挨拶したんよ。その日たまたま遠くから出張で東京に来てたらしいねん。そのおじさんがまたかっこいいおじさんでさ。きれいな黒のスーツ着てて、品があるなって人と面と向かって話したのはその人くらいやな。あんなおじさまになれたらいいなとか思ったよ」
「お前なんの話してんねん」
「わかってるって。そんな話じゃないことくらいわかってるけど、好きなことって言われてもそういうことしか、もう思いつかんねん。高校の連れと箱根で遊んだこととか、大学の友達の作るアニメとか、好きなやつの成人式の晴れ姿とかそういうんばっかや。なんもお金にならへん。野球が好きです、野球選手になりました。絵を描くの好きです、デザイナーになりました。機械いじるの好きです、エンジニアになりました。それはわかるけど、そんなんなんもないねん。こうやってお前と飲んでんのとかがおもろいねん」
「そりゃあそうやろうけど、それやったらなおさら働かなあかんやろ。金稼がなお前の好きなこともできんようなるで。友達と旅行行くにしても、女と遊ぶのも、金がないと始まらんやん」

リュウは痛いところを突く。金さえあればすべて解決なのは先刻承知だった。
「そりゃそうや」
「なんかやりたいことないんやったら、さっさと仕事探さな。ブランク続くとほんま働く気なくなってまうで。なんでもいいからさっさと働け」
「なんでもってなんや」
「ハローワーク行ったらいくらでもあるやろ。それぐらい探せよ」
「お前、自由研究ほど難しい宿題はないで。知ってる?真っ白のキャンパスって絵があんのん」
「お前めんどくさいわ、うん、めんどくさい。お前のどこが真っ白やねん。経歴真っ黒やんけ。もうぐちゃぐちゃに汚してもうてんねんから綺麗になるように色足さなしゃあないやろ」

何色が合うのだろうか。何色が残っているのだろうか。絵具もタダではない。
「そうやな」

リュウが「すみません、生おかわり」と言うと「はーい」と言って店員はのそっと立ち上がり冷蔵庫からジョッキを一つ出した。
「大学の時、ロードムービーが撮りたかってん」
「え?」

僕はいつも間が悪い。店員が生ビールを持ってきて話を遮った。カラオケでドリンク片手に店員が入ってくるのはいつも僕が調子よく歌っている時だ。
「ロードムービーを撮りたかってん。その時一緒に住んでた高校の友達と俺の四人で引っ越し先探すって話で、平たく言えば車で旅するだけの映画やねんけどな。別に何が言いたいとかないし、脚本も何も書いてないんやけどな。ただ、四人で小さ目の車、俺はミニがいいな。あいつらはもっと乗りやすいんがいいんやろうけどな。それに乗って、音楽流しながら、金もそんなにないから高速にも乗らんと、国道一号なんか走って、タバコ吸いながらみんなで下らん話してる画だけが頭ん中にあんねん。炎天下、エンジンいかれてぶつぶつ文句言いながら直したり呆けたりしてる場面とかさ。脇道入って迷って『どっちやねん』とか言って舗装もされてないところを適当に進んで行くと海に出るとかな。そんなシーンだけ思い浮かぶねん。ボニーアンドクライドみたいやけど、あんな銀行強盗や略奪みたいな悪いことはせえへん。ちゃんと平和に、永住の地を目指すねん。我ながらいいアイディアやと思ったんやけどね」
「なんで作らんかったん」
「どうしてもハッピーエンドにならんかった。思いつく先はどうしても悲劇や。現実では難しいから映画の中やったら俺の意のままに世界作れるやろ。せやから、せめて映画の中くらいは幸せになってほしいやん。でもそれじゃやっぱつまらんのよね、リアリティがない。それで本すら書かれへんかったわ」
「それであきらめてもうたんか。才能なかったんやな」
「やかましいわ。あえて言わんでええやろ」
「ええやん、その方がすっきりするやろ。あきらめる時はきれいさっぱりのほうがええで、未練残していいことなんて一つもあらへん」

チバは徳島の三好に田舎を持っていて、一度アキラを連れて、帰ったことがあった。そのことをチバとアキラが僕に話してくれた、従弟のくそガキの話だったり、クソ田舎過ぎて買い物一つするのにも車を使わないといけなかったり、散々なことを言っていた。

だが、そんなところでゆっくり、四人揃って、それぞれ安くボロの家を買って直して住みたかった。仕事もわざわざ都会に出なくてもいいようなことして、みんなが所帯を持てたら楽しいと思った。

子供を連れて、近くの川で遊ぶ。河原にタープをたててテーブルを拵えて、炭火で釣った魚を焼いて食う。春には僕らが食べる分ぐらいのトマトを植えて、夏にはお手製の花火なんて打ち上げるのも悪くない。田舎だから色々困ったこともあるのだろうが、そんな大変なこととか僕は聞くだけで実際は知らないから楽しい想像しかできない。

つまり、僕は映画にも出来ないような夢を思い描いていた。火星にだって行けるはずの作り話は、こんなちんけでありふれた生活さえ叶えてくれない。それを現実でしたいと願うから行き詰る。

もう一度、四人で遊んぶとどうなるのだろうか。もう四月末の休みが近づいていた。オノからの連絡を待ってしまっている自分が恥ずかしい。少しばかし癪に障るようなこと言われただけで反故にしたくせ、連絡を待つ形に追い込まれている。オノからの連絡がなければ何もできないのはご承知の通りだ。でもこの日ばかりは違っていた。

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