徒歩十分のロードムービー / 第三話

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夜まで時間があった。僕は上野動物園を回ってみたいと思った。

長く東京に住んだが、パンダがいるこの動物園には一回も行ったことがなかった。芸のない動物がただ昼寝をしたり、歩き回ったりするだけで面白味がない。チーターがサバンナで時速百キロメートル、目の前をビュッと駆け抜ければスカッとして興奮できるかもしれない。動物園は狭い檻の中にそんなやつらを閉じ込める、魅力半減だと思った。辞典と変わらない。ただ一度は行きたいと思ったのだ。

六百円は無駄だった。

ゴリラやトラが居たが、ちっとも動かない。

ヘビはひどく、とぐろのままで舌を時々ピロピロさせるばかりだ。

ハリネズミなんてのも居た。看板に「ハリネズミ」とわかりやすく囲っている割りには、土の色と一緒になって丸くうずくまっていて、どこにいるのかわからない、なんとも地味だった。ハリネズミは僕に尻を向けていて、可愛くない。

でもそこに小さい姉弟がいて「ハリネズミ!」と声張り上げ目をキラキラさせていた。可愛かった。それだけで六百円を忘れることができた。人のほうが見ていて面白いと思った。わざわざ動物園に来なくても人ならそこいらに放し飼いされていると、ふと思い至ると、六百円が惜しくなった。

僕はしばらく中を歩いた。大方見終わり出ようと歩いたが、どうも同じところをぐるぐるしているらしかった。動物には見向きもせず早足で歩いたが、同じところに出てしまう。百回くらい同じ広場にさしあたったあたり、急に眩暈に襲われた。

椅子に座わり、、授業中に居眠りをするように腕を枕にしてテーブルで臥せった。寒いのに汗が出る。余計に寒くなり着ていたコートの上から自分を抱きしめた。震えだし鼻水も出て鼻で息が出来なくなった。何度も鼻をすすってもダメだった。怖くなり、眠ろうと強く瞑った。真っ暗の中、意識ははっきりあった。

耳が冴え、周りで楽しくランチをしている家族の声が聞こえた。さっきの姉弟を思い出し、あんなに可愛かったはずの二人は、今は淋しく浮かんだ。これがずっと続いてしまうのかと気が気でならなかった。どれぐらいそうしていたかわからないが、そんなに長くはなかったようだ。

少し焦っただけだ。こっちが出口と矢印が所々あって、辿るとすぐに出られた。落ち着いてみればなんてことはない。

上野の街をうろついて、途中写真を現像したり、クレープを食べた。行き着いたのはブリティシュなバーだった。

看板にハッピーアワー半額と謳っていて、安く時間がつぶせそうなそこに入った。僕はジントニックを飲んだ。

動物園と違ってここはタバコを吸えて心地が良かった。東京ではタバコを気軽に吸えない。店の中はもちろん、人が群がるところには必ず禁煙マークが描かれていて、制服姿でそのマークを肩から提げた定年超えたじいさんが目を光らせている。定年後の暇つぶしだろう。散歩をして金を貰っているのだからズルい。それを許す街全体、気が狂っている。ここまでされると、僕はじいさんの目の前でタバコに火を点け、何か言われようものなら罰金の千円札二枚を投げつけて「これでいいんだろ!」と、目一杯煙を吐きかけてやりたくなる。

だが敬虔な喫煙者はとてもジェントルマンで、我慢して細々とこんな店を見つけては一人タバコを燻らせる。禁煙活動家みたいにギャーギャー喚き散らしたりしない。好きなことを辞めてまで長生きすることを望まず、周囲の人にも一定の距離を保つ。副流煙が届かない場所なら誰も文句が言えないだろう。タバコを嗜む紳士淑女はそこら辺を押えている。そこがかっこいいのだ。

それに憧れて、一人淋しく飲んではいるが、僕ではどうも様にならない。金がなく、地価の高い東京では、僅かな場所を借りるのでさえ大変だ。電池一つ陳列させても、ショバ代を勘定に入れなければ、やってはいけない。電池に比べれば体積が何倍もある人間様が座ろうと言うのだ、それなりのものを支払わないと割に合わない。みるみる店に客が詰められて、店内はすぐに満員電車みたくなってきた。無駄に背の高い椅子は三インチもないぐらいの間隔でカウンターに並べられ、座ると隣の誰かさんの肩が当たる。ジントニックを口にもっていくにしても、タバコを口にもっていくにしても、脇を締めて手狭にしなければならない。気付けばボクシングのファイティングポーズを決めている。そんなやつが体も細くて人を殴ったこともないくせ、眩暈起こしてダウンしている。

格好がつかない。こんなところでも長い時間はいられなかった。

残りは駅前の喫茶店で過ごした。禁煙の喫茶店だった。東京では禁煙は特権階級だ。禁煙している人間には豊かなスペースが確保されている。どうしてもタバコを手放せない連中は夜の寒い月も見えない空の下、店の横で買ったコーヒー片手に過ぎる時間を凌いでいた。

僕は暖かい店の中、手持無沙汰で、それでも文化的で最低限度の振る舞いを保つために本を読んでいるふりをした。よっぽど暇だと、君にもわかるだろう。昔に読んだ本を読み返すくらいに暇だった。読んだのは随分前で内容すら覚えていなかった。そのせいか、とても新鮮だった。主人公が家出をする話のようだ。

あれは入隊する前だった。

あの時は新宿駅からとにかく北へ行こうとした。青春18きっぷ、チケットが五枚綴りになっていて、鈍行なら一日、どこまでもいける魔法の切符だった。もう青春って歳ではなかったが、心は踊った。

新宿から宇都宮、郡山と鈍行電車を乗り継いで北へ北へと上って行った。ただ不思議に感じたのは、途中で急に迷ってしまったことだった。とにかく遠くへ行く目的が目的に感じなくなった。

おかしいのだ。線路があって駅がある。僕は映画が好きで、古いのもよく観ていた。古い映画ではよく蒸気機関車が出てくる。で、それに乗り込むやつらは大体大きな荷物を背負っていて、涙を流しながら見送る家族を残したりするやつもいれば、フィアンセと一生分のキスをして機関車に乗りこむやつもいた。僕が見た映画の駅はいつも別れの場所だった。それも、もう二度と帰らない、今生の別れだった。

その舞台が駅だった。機関車に乗り込めば、何処か遠くへ行ける。本気でそう思っていた。線路はどこまでも限りなく続いていて、その上を機関車は燃料ある限り走り続けるのだから。それなのに僕は不安になった。

それで僕はミッチェルに会うことにした。

ミッチェルとはペンネームで、本名は日本人な名前だった。

僕はその人を尊敬していて、彼のおかげで今こうして文章を書いていたりする。彼は物書きだった。

とても言葉を知っていて、僕は彼に恥ずかしい思いをさせられたことがあった。彼と一緒に働いてた時だった。いつだったか、当分前だ。居酒屋の厨房だった。二人で話していた。何の話をしていたか、彼なら絶対に覚えているだろう。彼は話したことは日付や時間までなんだって覚えていた。
「そのカレーの話をしたのは十二月の雨が降った、そう六日だ、その時に話したよ、覚えてないのか?」

こんな風に彼は話したことをなんだって覚えていた。とにかく、僕は『カタルシス』という単語を使って話をした。すると彼は『カタルシス』の使い方が間違っていると、指摘した。僕は…そう僕らは映画の話をしていた。僕がどんな映画が好きか、そんな話をしていた。僕はその話の中で『カタルシス』を、話がつながった時のスッキリ感という意味で使った。ミステリー小説やなんかでよくある、変に納得してしまう、あの感覚を僕は『カタルシス』と言った。でも彼は間違ってると譲らなかった。『カタルシス』の意味は精神医学用語の『浄化』だと、彼は言うのだ。その頃、僕は彼を見くびっていた節があった。だから僕の方が正しいと思った。僕が正しいと必死に抗った。自信があった。大学の授業で講師がそういう意味で使っていて、またそういう意味だとも言っていた。今思えば笑えてくる。僕は大学の講師の言うことを真に受けていたのだから。この世で最も真に受けてはならないことは、ゴシップ誌の背表紙か大学の講師の戯言と相場は決まっている。僕はまだ何が正しくて何がウソなのかわかっていなかった。彼が正しかった。どの辞書も僕の言った意味で『カタルシス』を訳していなかった。

後日、彼には頭が上がらなかった。恥ずかしく、おかげで僕のあだ名はカタルになった。彼は言葉を知っていた。尊敬するようになったのはそれからだった。

彼は変な人でもあった。話したその日付まで覚えているのも変だが、彼はもっと変なこだわりがあった。同じ話を絶対にしないのだ。同じ話を何度もするうんざりなやつはごまんといるが、彼はそうではなかった。彼の話は常に新しかった。彼もそれにこだわりを持っていた。

また居酒屋の厨房だった。彼とはいつも居酒屋の厨房で一緒だった。二人で洗い物をしながら、楽しく話していた。そのある瞬間、彼は何か言おうとして、それを急にやめて静かになった。思わず僕は彼の見てた方に振り返って何かを探した。意気揚々と話していて、それがピタッと止めば誰だって何か恐いやつが来たと、そう思うだろう。僕だってそう思った。でもウェイトレスが一人ホールへ通り過ぎて行っただけだった。
「どうしたんですか?」僕は彼に聞いた。
「今キムが通り過ぎて行っただろ」キムはさっきのウエイトレスだ。人を見下す嫌なやつだった。
「えぇ、それがどうしたんです」
「今カタル君に見せようとしたネタをね、あいつにしたんことがあるんだよ」僕は目が点になった。
「それでやめたんですか?」
「そうだ」
「見てないでしょ。そんなこと気にしたんですか」
「だって嫌じゃないか?もしも、万が一、万が一だよ。見てたとしたら、また同じことしてるって思われるじゃないか。そんなの嫌だろう」

彼は同じ話を聞くのも話すのも嫌だった。僕もそうだ、だから彼が好きだった。でも彼ほど真剣に話をすることは僕にはできない。だから僕は彼を尊敬している。

彼と一緒に新宿で働いていた頃からかなり経って、その間に彼は彼の故郷仙台に帰っていた。早速彼に電話をしたら、快く会ってくれることになった。夕方彼と落ち合うと、僕が本当に来るとは思っても見なかったらしく彼は驚いていた。

その後、彼とは別段仙台らしいことは全くせずにただ飲んで歌って騒いだ。本当にそれだけだ。何をしているだとか、どうやって生きてきただとか、女はできたか、思い出話や、色々話はしたがその辺だった。それでも楽しかった。本当に楽しかった、楽しかったはずがよく思い出せない。カギかっこを使って君に伝えたいがそれが出来ない。嫌なことならずっと覚えている、楽しかったことは感覚だけ残して忘れてしまう。ミッチェルにどんな話をしたのか、もう一度聞きたかった。だがきっと彼は答えてくれない。彼は一度した話をまたするのは大嫌いなのだから。

この旅で楽しかったのはここまでだった。あとはひどいものだった。ミッチェルと別れた次の日、券がまだ四枚も残っていて、さらに北を目指そうと、朝早く駅にいた。ただどれに乗ればいいのかわからなかった。

目的地がない。何駅行きとは書いているが、北行なんて大雑把な電車はない。それに仙台駅は大きい。何番線もあって、どれに乗ればいいのかわからない。僕は駅の中をぶらついた。

改札の前で地元名産品の即売会をやっていて、パッケージの違う笹かまぼこと牛タンが端から端まで並んでいた。値段もさほど変わらず、一体何がどう違うのか、どれを買えばいいのかわからなかったから、僕はどれも買わなかった。その横に牡蠣があった。塩釜、松島の牡蠣だった。それを見てピンときた僕は早速電車に乗った。思いつけば早い。僕は電車の中で観光者になりきろうと心に誓ったがすぐダメだとわかった。

正直、景色はどうでもよかった。岩を見て何が楽しいのか、松島に着き、遊覧船で船内アナウンスは「この島々のおかげで津波の被害は比較的少なくてすんだ」と言ってはいたが、僕には面白くなかった。小さい島にいちいち名前をつけているのが馬鹿らしく思えた。

ただ、湾の一番外側で遠く外洋に見えた船はずっと見ていたかった。薄く雲が張り日光がどこからも注いで、船がシルエットに見えた。それに波がキラキラ光って、光線の影に時折船が隠れた。それに比べてこの船は小さいところをぐるぐる回り嫌になった。

鳴子温泉郷の古い宿に泊まった。ロビーにモノクロ写真が飾ってあり、大正何年と白縁に書いていた。本当に古いのだろう。落ち着いた雰囲気があった。僕は電車を一本逃していて、着いた頃には真っ暗だった。田舎の電車には気を付けないといけない。一本逃すと次が来ないのだ。

僕以外に客はいなかった。とても静かで、簡素な部屋がいくつもあり、夏は合宿で使われていそうだった。

風呂も飯も頂いて、浴衣姿で一服付けた。腰を下ろしたのは窓辺にある竹で編んで椅子だった。座るところが大きく、あぐらをかいても余裕があった。途中買った酒を飲み、その後は飽きずに何本もタバコを吸った。酒が切れれば茶を淹れて、それでまた吸った。

ずっと考えていたのは帰りのことだった。心ここに在らずで、どこにいたのかと思えば家だった。家に帰ってからのことを考えて憂鬱になっていた。体だけが遠くに来てもダメだった。心も引きずってこなければ、これ以上ずっと遠くへは行けなかったのだ。だから全部切ってこなければならなかった。

だからあの時、帰りの電車に乗らなくてはいけなくなってしまった。乗車したら、それまでの全部がインチキに思えた。どこまでも北になんて行けはしなかった。ミッチェルと会ったりしてごまかしただけだった。電車の線路は一組ではなく二組引かれていて、帰りが用意されていた。

つまり、こんなことを思い出していたからあまり読み進められなかった。「いつ来るん?」とメールが届き、僕は席を立った。

僕はこれまでずっと蓋つきの青いプラスチックのバケツを持って上野を散策していた。今日の朝まで住んでいた隊舎の部屋の荷物は実家に送ったが、洗剤や歯ブラシと言った最後まで残った物をこのバケツに入れて持って来た。鞄も一緒に実家に送ってしまっていて、何か入れて持ち運ぶ便利なグッズがこれしかなかった。それを蓋が開かないように茶色のガムテープで閉じていた。店から出る時にそれを忘れて置いてきた。

すぐに気付いた。喫茶店に戻ると、隣に座っていたサラリーマン二人と、女二人が僕のテーブルを挟んで「これ、やばそうじゃないですか?」とバケツをどうするか相談していた。僕は恥ずかしくて、それをパッと取ってパッと出ていった。きっと爆弾かなんかだと思ったのだろう。

だが本当にバケツの中身が爆弾ならあの店はぶっ飛ばしてやりたかった。タバコの吸えない喫茶店なんてあってたまるものか。

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