ホメオパシー論議からみる意識高い系が進化した意識神系について

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跳梁跋扈して久しい意識高い系が独善性を兼ね備え、意識神系に昇進召されつつあるのでその分析をここに記したい。

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「私は常に正しい」

それなので、彼らの食い扶持を確保する為に『ガン』なんてありもしない病気が捏造されて私達は騙され続けているのです。

ショージ・サエキのブログ より引用

とか、


デメリットは?
病院によっては混合栄養は当然とばかりに勝手に与えるミルク
予防という大義名分を掲げて当たり前に与えるケイツーシロップ
自然派で生み育てたい母にはこれを回避する交渉が必要

あいかのブログ より引用

とか、

そのお仲間のこれとか、

おまけにこれとか、

人間は宇宙の一部。せっかくだから宇宙の流れを利用して楽しく生きましょう。

今しかないなら by ken2 より引用

別にこれらの”恐るべき子どもたち”の発言に一つ一つ具体的なつっこみをしたいのではなく、意識神系のイメージを共有したいがために引用した。読者諸氏の周囲にはいないだろうか、発する言葉の意味はわからんが、とにかくすごい自信を持っているへのつっぱりがいらんような周りを巻き込む人間、それが意識神系の人だ。

彼らは自身の思考や行動が常に正しいと思いこんでいる、またはそう見える仮面をつけている、と僕は捉えている。先に挙げたジョージ・サエキ氏や立花杏衣加氏なる人物の主題は医学に関する事項だが、医学・こと人体は数多の優秀な人材の頭脳と膨大な記憶や経験の累積をもってしても未だ語り尽くせない小宇宙であり、些細な一事をとってみても、こうすれば絶対にこうなると断言できるものではない。それでも決断を迫られる際、人間(医師)の責任という担保をもって、人類はささやかな抵抗をこれまで行ってきた。そんな中、逆行する個人の思いつきや過去の過ちを平然とやってのける彼らは一体何者なのか? その他に挙げた者たちの唯我独尊な態度、不安を煽るのに全くの躊躇がない猛々しさ、宇宙の流れなるものを平然と捉えたような発言、まさに神の御業! ユダヤ教から語り継がれしヤハウェ、ゴッド、かの唯一神のごとし。その膝下まで匹敵し得る人間はもはや現人神と言える。このような恐るべき神もどきが跋扈するようになれば、どこぞの馬車に轢かれそうな髭面に「日本の神々も死んだ」と言われてしまうのではないか? 今の豊かな生活や文化を後世に語り継げなくなるのではないか? という危機感を僕ははっきりと感じている。

一例としてのホメオパシー

ホメオパシーの話は無視するのが常識なのだろうが、人が死んでしまっている、ましてや生後2ヶ月の幼子が亡くなってしまっていると聞いては黙ってもいられない。

山口新生児ビタミンK欠乏性出血症死亡事故

wikipedia より引用

上記の件で日本ホメオパシー医学協会は、

本件訴訟は、助産師が業務の中で、ビタミンK2シロップを投与する義務があるのか、また、相手方に対して、説明義務を尽くしたかなどの点が問われていたものであり、ホメオパシーによって死亡したものではないことは、いかなる点からも明白です。

平成22年8月5日創刊 ホメオパシー新聞(号外)|日本ホメオパシー医学協会 より引用

助産師が業務を怠った(ビタミンK2シロップを投与しなかった)ことでの事故だからホメオパシーが恐いわけではないと言っているわけだが、僕にはこの事件、ホメオパシーの効果を試すための生後2ヶ月の新生児を”使った”人体実験としか思えない。二百万歩譲って、本協会は関わっておらず、ホメオパスの助産師が調子に乗って勝手にやったのだとしても質が悪い。

ホメオパシー側の反論

ホメオパシーはその方の症状の全体像に対して1種類のレメディーを処方します。すなわち個々の症状をバラバラに見るのではなく、あらゆる症状を一元的に包括する1つのレメディーを見つけて処方します。それがホメオパシーであり、他にホメオパシーはありません。

<ホメオパシーに関連する医療過誤のニュースについて>  日本ホメオパシー振興会 より引用

日本ホメオパシー医学協会とはライバル関係にあるという日本ホメオパシー振興会の事件に対する声明だ。日本ホメオパシー医学協会のホメオパシーは偽物で日本ホメオパシー振興会のホメオパシーこそ本物だ、と言いたいようだ。ホメオパシーにも色々あるらしい。

医学に明るくはない僕でも疑問がある。まず、なぜ違う手法が同名称なのか。初心者には見分けがつかないのは特に危険だ。同名称だが異なる手法で赤子がひとり命を落としているのだ。なぜ特許もしくは商標を取らないのか。レメディなるものにしてもそうだ。レメディにも色々あるようだが、なぜひとつひとつ特許・商標を取らないのか。それとも認可されなかったのか。もし、わざと取らないと言うのであれば間違った手法を野放しにしている無責任を認めることであろうし、もし取れなかったというのであれば日本でやるなと言いたい。いずれにしてもホメオパシーは無いほうが国益に叶うことになる。

医学会との関係

広い意味の”生存”を考える上で多様性が重要な要素のひとつだと認識しているが、それは共存共栄の関係に限るのではないだろか? ホメオパシー協会と日本医学会の関係は共存共栄の関係にはない。

少なくとも医学史におけるホメオパシーの役割はすでに終わっているだろう。再三指摘してきたが、現在の通常医療は自然治癒力を軽視しておらず、もはやホメオパシーを積極的に採用する理由はない。

ホメオパシー | 疑似科学とされるものの科学性評定サイト より引用

ホメオパシーの治療効果は科学的に明確に否定されています。それを「効果がある」と称して治療に使用することは厳に慎むべき行為です。

日本医学会 – 「ホメオパシー」への対応について より引用

ここまで袋叩きの渦中にいてはすぐに灰となって消え失せているはずだ。だが、ホメオパシーは生きながらえ活動しているところを察すれば、それは相当数シンパがいるということにほかならない。なぜ、医師免許も持たない一般人が会長のホメオパシー協会のいうことは信じ、日本医学会は信じられないという人がポツポツと出現するのだろうか。

最低限の知識がないからだとか、調べないからだというのはこの問に対する適切な回答ではないと僕は考えている。彼らはよく調べた上で結論を出していると見受けられるからだ(よく調べなければそもそもホメオパシーなんて言葉すら知りようもない)。では左派的な、自然崇拝的な、ヒッピー的なイデオロギーが彼らをかきたてているのだろうか。僕はその中でも内向的個人主義が本丸だと考えている。本記事の本題に入りたい。

「私の実体験だけが正義」

人間が不完全な生き物であることは皆様ご承知の通りだ。僕ももちろん不完全で、上のように偉そうに言ってはみたが、この言説が本当に正しいのか? という不安にいつも苛まれている。その為にブログという表舞台に登壇し衆知の目に晒すのだ。世の中が優しければ批判も来るだろう。もちろん、僕自身の意気込みとしてはこの意見に隙はないと自負できるまでに追い込んでいるつもりだ。だが意識と結果は必ずしも合致しないのが現実であり、いやむしろほとんど合致することはないといっても過言ではないだろう。昔の人はそんな無常を鐘の音に例えたが、今の人には遠くインドの鐘の音は「人生観を変える」ただのレジャーなのかもしれない。

ポエムはこのくらいにしておくが、上の人々の自意識の中にこういった遠慮や気後れの類は一欠片もないのだろう。でなければ現出しようがない文章ばかりだ。ホメオパシーを実践した似非神様自身はある一定の蜜を吸えたのかもしれないが、個人の体験に普遍性があるかはまた別問題のはずだ。だが彼らはそうは思わない。きっと他の人にも有効だと信じこむ。なぜか? 「私がうまくいった」からだ。この態度を一言で表す言葉は傲慢の2字だ。時そばでも聴いて笑いたくなってくる。

少なくとも私は本当に改善した経験を自分がしておらず、人にもその結果をコンスタントに出していなければ他人には効果として話すことはできません。

知名度ないのにバッシングされまくり?ホメオパシーがdisられる5つの理由 | SERA ライフジャンプ ホメオパシー より引用

スタップ細胞の騒ぎがあった。現在、ほぼすべて否定されたと結論付けられている。小保方晴子氏は「あります」と言った。だが、社会的知見に晒した結果は「なかった」。僕は小保方氏や上記引用の筆者が嘘を付いているとまで言っているのではない。本人が真実だと考えていてもそれが真実ではない可能性も十分に考慮しなければいけない。我々は洞窟の奥に写る影を見ているに過ぎないという認識は真実への第一歩だと、とある禿げた爺さんが言ってたと髭面の爺さんが言っていた。科学の一発見(アインシュタイン博士の相対性理論etc)であっても、ある個人の空想・仮定・信仰から端を発しているが、他の叡智に晒されたからこそ現代そして未来に語りづがれていく。科学か非科学かの境界線は白日の下に晒されたかどうかでしか無い。信用で真実性を補填するしか人類には本当の神に到達する道は見いだせていない。先の引用は「私」という境界線から脱せていない貴重なサンプルであり証言だ。

科学の垣根を越えて一般論

科学の世界から広く一般の話にまで足を伸ばしたい。”世間体”という言葉が拒絶されて久しい。個人を尊重すべきだという考えから爪弾きにされてきた。だが僕はこの他者の目という感覚は社会的な動物をより高級に留めるために一定の価値があると思っている。一事例として好きな子ができておめかしをし始めることや、仕事の面接で背広に腕を通し始めることを提出したい。

これは僕の意見とは真逆の、批判を拒絶することを促すエントリーだ。その中で、

『良いミニマリズム』と『悪いミニマリズム』があるらしいです。で、その基準はなんなのかというと、、、なんと!!「その村の声の大きい人」が決めるらしいです。

(改行略)

だからコメントを非表示にして”声の大きい人”の声を聞こえなくするためにコメント欄を非表示にしましょう、という記事。まさに世間の目の拒絶だが、ここでは面白い反応を示している。「その村の声の大きい人」という誰か架空の一個人に世間という多数を集約した上でそれをパージしようとしているのだ。社会があたかも少数の指揮の元忠実に動いていると考えていなければこういう発想には至れないのではないだろうか。天文学的数字の資産をもつユダヤの陰謀論なら八百万歩譲って見てもいいかもしれないが、ここで言う村とははてなブックマークというネットサービスに集まる人々のことだ。社会は謎の指導者に踊らされるばかりの馬鹿ばかりとでも思っているのだろうかと穿ってみるのはさすがに邪推だろうか。

この記事に対する仔細な批判をid:kyoumoe氏が行っているので後は割愛する。

意識を高く見せているだけにとどまらず、父と子と精霊の力でもなんでもない自負心だけで周りを巻き込む意識神系皆様は神社仏閣で祀られればいいと思います。おわり。

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『ホメオパシー論議からみる意識高い系が進化した意識神系について』へのコメント

  1. 名前:新田 聡一郎 投稿日:2015/11/17(火) 20:13:05 ID:4dc01d945 返信

    分析ありがとう!確かに僕は、ザ・意識神系!

    • 名前:西沢朋 投稿日:2015/11/19(木) 13:21:08 ID:d267a3b1c 返信

      こちらこそコメントありがとう!