個性の成れの果て

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色々と静観していた。虚しさ通り越して憎さ百倍だった。

自称ミニマリストの一件だが、その経緯はもうお腹いっぱいだし、具体的に書けば腹立たしくなるし、彼のもっとも喜ぶ外部リンクを貼ることにもつながるので、もう触れない。僕がリンクを張ったところで、大した「貢献」にもならないだろうが。

一言言うことが許されるのなら、人を魔女狩り扱いするのは殺人鬼扱いする以上の侮辱であると言っておきたい。西欧の暗黒時代にその「魔女狩り」でどれだけの人間がどのように殺されたのか、もう一度調べてから覚悟の上言うことだ。そして批判者と「魔女狩り」を比べてみるがいい。そして思い知れ、批判者の言動はどれだけ優しいものだったか、それを捨てた愚かさを悔やむがいい。

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個性の成れの果て

僕は大阪の今宮高校に通っていた。標語は今も変わっていないのだろうか、僕は「輝け個性、磨け知性」というこの標語が嫌いだった。体育館の壁面にでかでかと横断幕で飾っていたが、高く掲げられたその言葉に、届くならつばを吐きかけてやりたかった。

なぜそこまで嫌っていたのか、当時理由はぼんやりとしていてわからなかったが、とにかくいけ好かなかった。臭いでしかわからなかったが嫌な臭いだった。

高校を卒業して、アルバイトなり社会にもまれだすと次第にその悪臭を放つ本体がまだおぼろげながら見えてきた。まるで朝もやに日が指し始めたみたいに、気温が上がるにつれモヤが晴れていくようだった。個性が輝くと往々にして周りが迷惑する。そう考えるようになったのはホテルのラウンジでボーイをやっていた時だった。阿吽の呼吸が大事な仕事だった。他の従業員と息を合わせて動かなければ、とたんに全体が崩れ始めてしまう。傾けば誰かの背負う仕事が重たくなってしまう。重い荷物を二人で運ぶ階段で下の人間が苦労するような。そんなめまぐるしい飲食店の仕事は当たり前を僕に叩き込んだ。

居酒屋のキッチンで働いていた時も僕に匂いの正体をより鮮明に見せてくれた。その仕事はひとりだった。売れない店だった。赤字の店で人を雇う余裕がない。15時から朝の5時まで厨房をひとりで過ごした。まれに団体客が入ればお手上げで、僕ひとりなんてすぐオーダーの波で潰されてしまう。話す相手ひとりいれば気も紛れるだろうが、誰もいない。いつしか刺し身を引きながら愚痴を念仏みたいに独りで唱えるようになっていた。ちょっとした事でも苛立ってしまう。それは職場が僕を厳しくさせていたからで、波を乗り切るには機械のように反射神経で動かなければ乗り切れない、僕をせっかちにさせ、せっかちは苛立ちを生んだ。閉店間際、どっとたまった洗い物が一気に運び込まれてくる。ホールも手が足りていないとわかっていたのに、プラスティックでできた大きな桶に満載した汚れた食器どもと混ざって、灰皿を見つけた時はカッと血が上って怒声を上げる。

「口にするもんだろうが!」

その場で二三叩き割った。あたりがしんとする。独りは恥ずかしさを鈍らせていた。これが僕の個性だった。ひとりになった時に現れる怒りという個性だった。そんな日の帰り道、新宿駅の東口、まだアルタ前に公共の灰皿が設置されていた頃の午前五時半。駅から出る眠気眼のサラリーマンやオフィスレディと店から追い出され駅に吸い込まれていく酔っぱらいらが交差するスクランブル交差点を煙に巻きつつ眺めて一服過ごした。社会の血流は止めどなく流れ続けていた。その数だけ個性があると思うとめまいがした。その数だけ灰皿が叩き壊される。今はもう、その場所に汚らしい灰皿はなく綺麗になっている。

個性のない世界に飛び込んだのはそれから二年した後だった。自衛隊一年目の夏は暑かった。暑すぎるせいか、鉄帽と風を通さない戦闘服のせいか知らないが、三人四人倒れて運ばれたのは覚えている。僕の新陳代謝はちゃんと機能していたのか、小銃を手に野山を駆けずり回っても何とか健康的に乗りきれていた。あの夏は愉しかった。命令で皆一様に団結することを強いられる環境だったが、ハツラツとしていた。すべてはそこに仲間の許しがあったからだったが、嫌なこともひっくるめてあとにして思えばそれは愉しさだった。その夏のすっと抜ける青空の下、仕事はまた僕に嫌な臭いの正体を教えてくれた。

僕は戦闘服に名前を書き忘れていた。「サインペンで全衣服にサインしろ」これは命令だった。名無しのブラウスが乾燥室で見つかった。就寝間近のフタフタヒトマル、全員兵舎屋上に呼集がかかった。「このブラウスは誰のものか?」僕のではなかったが、名前を書いていない隊員が存在していた以上全員の衣服の検査が始まるのは仕方がなかった。僕は炙りだされた。その失態はサインし忘れていた人間を除く他の同期が制裁を受けることで返された。僕のおっちょこちょいな個性は同期の苦痛に変わっていた。同期が悶えるのを僕らは不動の姿勢で列から見つめるだけだった。苦しみの声があがるたびに教官は僕らを罵った。もっと人の話を聞いていればこうはならなかった。もっと誠意をもって人のいうことを聞いていればこんなことにはならなかったのだ。嵐が終わった就寝後の暗いタコ部屋で謝る僕に優しく応える同期のセリフひとつひとつが僕を叩きのめした。

僕の個性は現在、社会がボコボコに殴りに殴ったおかげで、見るも無残な様相を呈している。あの上から見下ろしてくる、いけすかない横断幕からみれば、汚らしく歪で傷だらけで鈍く見えていることだろう。それまただ、また僕の個性は間違ったらしい。また個性が潰される。でも見てみてほしい、潰されて薄く伸びたその部分、その部分が途端に面白くなっているのを。広がってなんでも受け止めてやれそうなその部分。

とうとう分かった、この鼻をつくような嫌な臭いの正体を。嘘だ! これは嘘の臭いだ。見てみろ「輝け個性」なんてただの言葉、すす汚れて真っ黒になってら。

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『個性の成れの果て』へのコメント

  1. 名前:鈍牛 投稿日:2015/07/20(月) 11:46:02 ID:f48c4698e 返信

    西沢様

    はじめまして。
    ミニマリスト関連の騒ぎから、特にそのうちの「今日も得ること無しZ」さんの記事から、西沢様のblogを知り、拝読させて頂いております。
    シャープな視角からの分析を、味わいのある文体で記される、西沢様のblogに、すっかり魅せられてしまいました。
    殊に、自衛隊での経験をベースにした分析は、他では読めない、非常に独創的なものであり、興味深く読ませて頂いております。
    今回の文であれば、自衛隊での経験をその一部として、反個性(教育)論へと展開する過程、そしてなにより末尾の「でも見てみてほしい、潰されて薄く伸びたその部分、その部分が途端に面白くなっているのを。広がってなんでも受け止めてやれそうなその部分。」という表現に「叩きのめされ」ました。
    いつも以上に、他の記事以上に、爽快な読後感でした。

    是非、今後も、そうした他では得がたい文を、掲載し続けて下さればと思います。
    更新を楽しみにしております。

     鈍牛

    • 名前:西沢朋 投稿日:2015/07/20(月) 12:24:39 ID:1864934e6 返信

      鈍牛様。丁寧な感想とても感謝いたします。とても励みになります。こと、力を込めたと自身で思っているもの・部分が評価されますと、これ程嬉しいことはないようです。語弊がある表現かもしれませんが、読み手として尊敬いたします。