ミニマリストなら家族関係も断つべきか

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物の断捨離ではなく、人間関係の断捨離を考えてみたいと思います。
その第一弾としまして、最も身近で最も長く関わる家族なるテーマに挑戦したいと思います。

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結論。ミニマリストは一身独立して生業を立てよ。

まず結論を述べたのは後にとあるエピソードを読んでいただくためです。結論を踏まえて読んでいただければ僕の言いたいことは少しわかりやすくなると思ったからなのです。

ミニマリストはモノに振り回されることを良しとはしないでしょう。振り回されるとはモノを使いこなせないばかりに時間や空間を取られることです。

これから言うことを読んで、どうか僕が気が触れたと思わないで欲しいのです。倫理的に非常に問題のある言説であることは重々承知しているのですが、僕にはこういう風に説明するしかよくご理解いただく方法がなかったのです。

家族をモノとして捉えてみる

家族をモノとして見てみると、不思議な性質を帯びていることがわかります。

普通のモノには目的があり、使いこなすに従って、使用者の練度が向上するに従ってその達成度を向上させていきます。

では、家族というモノを使用者である私から観測しますと、こういうことが言えます。「変化する私の状態を補佐することが目的である」と。

生まれたばかりの私の家族は父と母です。乳飲み子の私は母の母乳なしには生きていけない。この時、私にとって家族というモノは最大の効力を発揮します。

さて、私が成長するに従って自分自身で自分を管理できてくるようになります。そうなるに従って家族は私に対しての効力を少なくなっていくことがわかります。

では、生業を立て、経済的な面でも独立できる能力を備えたとき家族というモノはもう読まなくなった本のように用をなさなくなります。

では、もう読まなくなった本をミニマリストはどうするのでしょう。いつ読むかわからない場所と時間だけを奪うその本をミニマリストや断捨離を推奨する人はどうしてきたのでしょうか。

捨ててしまうのです。

帰郷

冬の真っ只中、ある男が東京で花を咲かせることもなくおずおずと実家に移り住んだ。目下、経済的な理由が主だったが、身を持ち崩し六畳一間に一人住む年老いた母の容体を気遣う意味も少なからず心中に隠し持っていた。

玄関で出迎えた母の髪は一本残らず白くなっていた。

男は日に二食と雨露凌ぐ三畳程を与えられた。襖もパーテーションもない隣に母の寝床がある。そこで少々の蓄えをじわりじわりと溶かす生活を送ることになった。

一日二日の間は、やれ机はここか布団はここかと体を動かし、三四日は母と離れ過ごしたこの男自身の身の上話で時が過ぎた。が、花の咲かなかった男の話に実のあるわけもなく、全て吐き出すにそう時間はかからなかった。

すぐに話すこともなくなった男はそれでもしきりに話しかけてこようとする母に鬱陶しさを覚えるようになった。原因は男の引き出しの少なさであったが、男は話しかける母に煩わしさの元があると違え、意識的に口を閉ざすようになった。

その態度に母は憤りを感じるようになっていった。話しかけても返事のない男の背中を見ながら、自身の不備を呪ったのだ。間仕切りもないほど近くにあるこの息子という男の背中に隠された魂はずっと遠くにあるように母には見えていた。その寂しさは日を追うごとに積もっていった。

春の訪れは元来心地の良いものであろうが、この家族にとっては虫の出る嫌な季節にしか感じられず、潔癖性の母は虫を見つける度、色褪せたレンタルビデオの情報誌で叩き殺していた。その後に決まって男のタバコの灰で汚れた机を拭きに来る。男は当て付けに思った。

夏のうだるような暑さに抗うすべはこの部屋になかった。扇風機もない、エアコンもない部屋はテレビの発する熱にも敏感になって苛立ちを募らせていた。

秋にもなると、母は一向に仕事に就く気配を見せない息子に不安を覚えるようになっていた。しかし、古い人であった母はハローワークを利用したこともなく、人生でもまともに就職というものを経験したことのないからか、具体的な助言ができるわけもなく、「歯を磨け」「ちゃんと体は綺麗にしたのか」「身の回りはきちんとしなさい」と子供を躾けるようなことしか言えなかった。男は天邪鬼なのか、そう言われる度にそうしたことをしたくなくなった。当たり前のことを言われて腹が立っていた。

そう過ごす内に、この六畳一間に苛立ちだけを募らせて一年が巡ってしまった。

だが、母はいつまでも母であろうとした。不憫なこの男は息子であることを忘れなかった。

男は日に二食が質素になっていくことに気付いていた。男は「迷惑をかけてはならん、安心させねば」と自身の精神に鞭を打った。男は母から離れることを願うようになった。ここ数日、男は母が飯を食っている姿を見なかった。

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