ミニマリストだらけになれば日本は終わってしまうのか?

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ミニマリストの記事がしきりにボヤ騒ぎを起こしている。そんな記事への批判的なコメントの中に、ミニマリストだらけになれば日本が終わる、という意見があった。今日はそれを論じてみたい。

今回のボヤ騒ぎはこの記事だ。

ミニマリストがビックカメラへ買い物へ行った結果

“現在退職準備中”より引用

女子高生の他愛のない日記のような文章ではあるが、今回批判が集中したのは、撮影禁止のビックカメラ内を写した画像を掲載したこと、ある商品のキャッチコピーをもじり 昼、ゆっくりすれば、 夜、脚疲れない暇なお母さんと暇なお父さんになった方が手っ取り早いよ!
などと野次ったことだ。過剰労働に対しての批判なのだろうが、読者からは頑張っている人をなじったようにしか受け取れない表現だった。正直言えば僕も辟易とした者のひとりだ。

画像に関してはここでは取り上げないが、熾烈な価格競争をしている家電業界で商品のラインナップ、展示状態、店頭価格が公にさらされるのは非常に困るということをかつてビックカメラに商品を卸していた人間として一文添えておこう。

さて、問題の過剰労働に対しての嘲笑だが、精神としては誠に卑屈であろうことは否めない。筆者は素直に受け止めなければいけない。昨今客側のモラルハザードが問題視されているが、それは働いている人を下に見ているからで、もっと働いている人に対しての敬意を持つべきだろう。クレーマーと同じ精神に堕ちてはいけない。

だが、実際骨が軋むほど働くことそれ自体が日本を支えてきたのか? これは先ほどのモラルの話とは全く別問題の経済問題だと僕は思う。前置きが長くなったがここで本論に入りたい。

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ミニマリストだらけになれば日本は終わってしまうのか?

そもそもミニマリストだらけになるのか? という問題はここではあり得ると仮定する。そうでなければ話が済んでしまい実りある解にはたどり着けないからだ。だが、世の中には多種多様の人がいることを忘れてはいけない。仕事が生き甲斐だという人がこの日本に相当数いらっしゃることを紹介した記事を批判した方ならご存知のはずだ。

そして、日本が終わるというのも、ここでは経済が発展しないまたは鈍化すると定義したい。すでに現段階で我が国の経済成長率はマイナス0.9%で景気は後退しているのはご承知の通りだろう。ここでミニマリストだらけになればさらに景気は後退するのか、経済発展は失われるのか考えてみたい。

ミニマリストの定義

兎にも角にもミニマリストを定義しないことには話が進められない。ここでは先ほどの記事での発言から消費意欲が小さく、また労働時間が少ない者がミニマリストと定義したい。

ここで注意してもらいたいのはミニマリストはニートではないということだ。働く意欲がないのではなく、実生活をより充実させるために、ワ◯ミなどが典型例の残業パラダイスで働くのはやめにして、アフター5を楽しむような有閑労働者であるとする。だれも働かないとは言っていない。

経済発展とは?

経済の発展とは生産性の向上であろう。我が国の国民が国内でどれほどの種類の物を作れ、その量をどれだけ生産できるようになるか。これが経済の発展であり、生産性の向上だ。需要された時に供給できるか? これが問題なのだ。金の話ならミニマリストなんてチャチな話ではなく、まず政府の緊縮財政を呪うべきだ。

ミニマリストの生産能力は普通の人とくらべ乏しいのか?

そもそもこれは個人の差によるのではないだろうか? 働いたことがある人ならわかると思うが、人によって仕事をこなすスピードはかなり違うだろう。

では残業や長い労働時間が生産能力の向上に帰依しているのか? 下の画像を見てもらいたい。このグラフはOECD諸国の一人当たりの労働時間とそのGDPの相関を表している。縦軸が一人時間当たりのGDP平均、横軸が一人当たりの年間の平均労働時間だ。一目瞭然だが労働時間が少ないほど一時間当たりのGDPは高く、労働時間が長いほどGDPは少ないという結果が出ている。


working hours:Get a life| The Economistから引用

昨今問題になっている残業だが、これは日本を終わらせないために考え直さなければいけないのではないだろうか。

日本は内需国で国民の消費支出が減るのは問題ではないか?

ミニマリストは最低限の物で生活を営む。買い手がいなければ売り手はお手上げなのも事実だ。だが、ミニマリストも人で、霞を食って生きているわけではない。もちろん素っ裸で街を歩く変態でもない。雨露しのぐ住居にも借りるなり買うなりして住んでいる。もちろん病気もすれば医者にかかる。ミニマリストも支出をすることを抑えていただきたい。ミニマリストだらけになれば娯楽その他嗜好品の数々の需要は冷え込むだろう。だが、それとは別の何かの需要が喚起されることがあり得ることは容易に想像がつく。電子書籍はまさにその一例と挙げるにふさわしいだろう。他にもあるのではないだろうか? 地産地消は、私服を制服化できるようなコーディネートされたセット販売物はどうだろう。このようにその時勢にあった需要を汲み取ってこその企業であり、資本主義ではないか。

さらに、生産年齢人口の激減が予想される昨今、供給能力の減少かつ需要の拡大は火を見るよりも明らかで、需要減少の問題は団塊及びそのジュニアの世代が減少する20年より先の話で喫緊の課題は生産性にある。

結論、ミニマリストだらけになっても日本が終わるかわからない

僕自身はミニマリストが増えれば、ミニマリスト的な人生の考え方が世間一般に広まれば日本はより良くなると思っている。だが、それを納得させる自信が今はなく、良くなるとは結論付けないが、少なくともミニマリストだらけになれば日本が終わるなんてことはないとは断言出来る。理由は以上説明してきた通りだ。これ以上は何かしらの返答を貰い議論しなければ説明できないし、記事が長くなるのも忍びない。

なぜミニマリストの考え方が広まれば日本は良くなるかの一端を言えば、昨今話題の人口の減少問題を例に挙げれば、結婚出産しないのは将来の金銭的不安と子育てが二大理由だろうが、もし残業ゼロの考えが発展し六時間労働などまで労働時間が短縮されれば、父母両輪で家計を維持しかつ夫は朝六時から昼の一時に帰宅、妻は午後二時から午後九時には帰宅するという労働形態が実現でき、常に父母どちらかが在宅し子育てに両親が関われるという環境を実現できるからだ。ただこれはその短時間の労働で業務を遂行できるのか? 仕事に対して利益はどうなるのか? など諸所の問題もはらんでいることは承知している。だから、今はこれを声高に唱える自信がないのだ。

ただ、日本が終わるなんてことは万に一つもないと断言し、批判やアンチコメントを残すのなら筋の通ったコメントをしてもらいたい。

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『ミニマリストだらけになれば日本は終わってしまうのか?』へのコメント

  1. 名前:とおりすがり 投稿日:2016/05/14(土) 02:49:42 ID:66b15e723 返信

    極端な意見ではあるが、ミニマリストが大多数になるのならば日本は終わると私は考えている。
    それは、経済国としての日本の終わりではなく、文明国としての日本の終焉である。
    この国の文化的な価値を持つ物品、美術工芸品や骨董、古文書、稀少書、古民具などのような美術、学術的に貴重な資料の多くは公的機関のみならず、民間の所有によって伝えられてきた経緯がある。
    仮に日本人の大多数がミニマリストになったならば、それらの品々の多くは海外へ流出し、最悪の場合は無価値と判断され破棄されてしまうであろう。
    そして後に残るのは、後世に伝えるべき物が何も残っていない日本である。これを文化の死と呼ばずに何と呼ぼうか。
    多くのミニマリストの方々はここまで極端ではない事はわかっているが、文化的観点からはミニマリズムの思想には相容れぬもの感じてしまう。

    • 名前:西沢朋 投稿日:2016/05/14(土) 14:58:28 ID:409a563bb 返信

      コメントありがとうございます。的確な批判に感謝します。
      この記事での意見は現在から未来に限った話で、とおりすがりさんのいう過去を置き去りにした議論でした。
      「後世に伝えるべき物が何も残っていない日本」にしてはいけない。その意見に僕も大賛成で、アメリカのminimalistのような段ボール箱1つで収まる生活なんて直輸入してはいけないと考えています。
      そう思い、いくつか批判記事を挙げたのですが、まあネットの片隅のひっそりとしたブログですので、なしのつぶて、焼け石に水でした。
      それは僕の過去の記事、「ミニマリストとは?」や、「「物を少なく」という行為にのみ焦点が当てられるミニマリストの悲劇」などを見てもらえれば感じ取っていただけると思います。
      僕はいわゆる「断捨離」には反対です。物を捨てる気持ちよさの行き過ぎでしか無く、僕はそれを”薬をするのと変わらない”と表現したこともあります。
      ただ、では物を捨てることそれ自体が悪かと言えばそうではなく、むしろ善い行いになり得るのではないかとも思っています。時の洗礼などと表現されるそれです。そんな捨てるべきか捨てざるべきかの試練は、とおりすがりさんの挙げる文化的物品も例外ではない。
      過去を主題に述べるなら、ミニマリストがはびこる事なんかよりも、過去の日本人が蔑まれている現状の方がよっぽど僕には歴史的物品の危機に思えますし、物品もそうですが国語が英語に犯されていることも大変危惧しています。ブログのタイトルがもろ英語なので憚りますが……。