ミニマリストは批判をなおざりにしている

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はてな界隈のミニマリストが批判や中傷を浴びている。僕はその意見を元にミニマリストという曖昧な言葉を具体化する絶好の機会だと考えているが、未だ建設的意見が当のミニマリスト各位から出ていないことは悲しいことだ。

と、本来そういう記事を掲載しようと思っていたのは昨日のまでのことだ。趣旨は「批判をバネにしてミニマリズムの輪郭をもうちょっと明確にすべきじゃないか?」というものだった。だが、ため息しか出ないようなことが執筆中に起こり全面的に書きなおさざるをえなくなった。

件のため息しか出ないような珍事がこちらだ。

炎上渦中のとれいC(id:sakenominimal)さんがid:kyoumoeさんの記事に対し削除依頼した。

kyoumoeさんの記事は問題の記事の一文一文づつ丁寧に批判し、それもウイットに富んだやり方だったというのが僕の印象だ。批判記事は筆者であるkyoumoeさん自身の判断で削除となった。再読したかった僕としては残念だが、それ以上に事もあろうに当該記事を誹謗中傷ととらえた、とれいCさん及びその取り巻きの未熟さに残念を通り越し思わず嘆息ついてしまった。

そんなあきれ果てた僕がなぜ今こうしてこういう記事を書き煩っているかといえば、先日書いたこちらの記事に端を発する。

『ミニマリストだらけになれば日本は終わってしまうのか?』

この僕の記事は先のとれいCさんの記事に寄せられたブコメの中の批判を更に反論する形で書いたものだ。批判に回答することでミニマリズムの輪郭をはっきりさせたかった。その折に僕はとれいCさんに直接連絡をとった。他人の批判を横取りして記事を書いている、そんな人の家の問題に横槍を入れている形に少々の負い目があったからだ。それが7月11日の午前のことである。

短いやりとりの中で、画像のどこがどういけないことだったのか、どの文章が、何がいけなかったのかを考えている態度が無知なりにも誠実なものだった、というのが僕の印象だった。

その十時間後に掲載された謝罪記事がこれだ。

開いた口が塞がらなかった。短い時間の間に何があったのか。謝罪と称して煽っている風にしか見えない。正直同じ人間が書いているとは思えなかった。

そののちに会長(id:dobonkai)の記事を読んでなるほどと思った。その手があった・惜しいことをしたと一瞬思いはしたが僕の品が下がるので脳内議論は2秒でやめにした。

そして、更に先の記事削除依頼。もはやミニマリズム云々の形而上学的な議論はどこへやら、一連の顛末の成れの果て、聞く耳を削ぎ落とした彼女を例えればただのスピーカーとなった。

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ミニマリストの冠をかぶった人々からは何の回答も提出されていない

これは非常に残念なことであるが、今騒動が起こってから自称ミニマリスト各位からミニマリズムに関して寄せられている批判に真っ向勝負した意見は提出されていない。

擁護意見はかいつまめば読者が悪いという内容で論ずるにも値しないものだったが、触れないわけにもいかないだろう。幾つかピックアップする。

筆者と読者のすれ違い論をのたまう方が擁護意見に目立っているが、そもそもダブルミーニングを誘うような精細を欠く文章を公に晒す事自体筆者に落ち度がある。ましてや昨今の労働環境という今我が国においてセンシティブな話題だ。それを妙な画像を添付したり無駄な改行や無駄な言葉で飾り立て読みづらくしているのは当の筆者本人ではないか。

リンク切れ

批判者の精神状態までこの記事の筆者には筒抜けらしい。空理空論とはまさにこの記事を指しているだろう。1を100にふくらませているのはどちらか、筆者には鏡を見て再考してもらいたい。そもそも擁護派の意見を見ていると無知を罪だという自省が欠けている。知らないで済まされないことも世の中には多いだろうし、さほど問題にならない瑣末なことでも知らなかったら恥ずかしさを感じるのが社会人として当然の感覚なのではないだろうか。


こちらの記事は先の炎上話と関連付けられていないためここで取り上げるべきではないかもしれないが、批判や誹謗中傷に対する態度で言及しないわけにはいかない意見を述べられているので参考としてこの場で反論したい。

仲間内でほめ合う空気は、そこから何も進歩しません。批判や反論があってこそ、見方がひろくなることもあります。と言いながら、個人の意見はどれも偏見だということ覚えておいてください。どんな意見も調べるとどこかおかしなところが出てくるんです。(…略)だから、価値はないと思った方がいいとちぐはぐな文章で本旨を捉えにくいのですが、おそらく、

意見を持つより、真理について知った方がよっぽどいいでしょう。

が筆者の最も言いたいことだとすると、その真理はどのようにして今日まで発展してきたのかを思い出すべきだと僕は言いたい。

どんな瑣末な意見であろうと受け取り手がないがしろにしてはその後の発展は見込めないではないか。本記事が取り上げた地球の例を借りるなら、天動説を唱えられたいたころコペルニクスやガリレオが文字通り命をかけて意見を述べ、それを結果として汲み取られたからこそ人類はロケットで大気圏を飛び出し実際地球が丸いことを目の当たりにして今日当たり前のように地球が丸いことを真理として僕らはその知識を享受しているわけだ。確かに真理それ自体は先に在るが、人間の認識の上には意見を発して真理に向かう以外に方法がないではないか。ましてや常識になるにはなおさらではないだろうか。

いずれせよミニマリズムとは全く関係ない話で論の幕が下りている

もし、「あの子が勝手にやったんです。ミニマリズムとは関係ありません」という意見をとうとうと述べたなら、それは品性のかけらもない下衆な意見ではあるものの、ミニマリズムと関連しているだけまだ救いがある。が、上の意見は非を自身に認めず、ネットに巣食う文句言いたいだけの読者なる集団がいると仮定して、そんなやつらが悪いんだ! という態度を終始一貫してとっている。これは不誠実だ。誠実さとコミュニケーションの関係をうまく記事にされている方がいらっしゃるのそちらをご紹介したい。

結論、批判や誹謗中傷すらも汲み取れ

僕の感想ではあるが、擁護派の意見を見ていると批判も誹謗中傷も分別がついていないと感じた。おそらく公に発表しているという感覚がないのがその原因だとは思うが、それならば批判を漏らさないために誹謗中傷すらも汲み取らなければならないだろう。が、もはやはてな界隈の狭い範囲のミニマリスト各位の耳には雑音でしかないのかもしれない。組織票ではあるものの広報力がある分悔やまれる。

最後にこの記事を書いた感想であるが、誠に不毛。以上。

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『ミニマリストは批判をなおざりにしている』へのコメント

  1. 名前:とれいC 投稿日:2015/07/18(土) 09:18:31 ID:4a3be416e 返信

    少し落ち着いてから、あざなわを読んで自分のしたことの愚かさに気付きました。
    ご本人様にも謝罪させていただきました。
    お見苦しい真似を失礼いたしました。

    • 名前:西沢朋 投稿日:2015/07/18(土) 09:59:43 ID:2a860aefa 返信

      ご本人様とはどなたのことを指されていらっしゃるのでしょうか? あざねさんでしょうか?

      以前にも申し上げましたが僕に断りや配慮や遠慮の類は不要です。僕は僕の批評させて頂いたまでですので。それに、人のふんどしで相撲を取るとはまさに僕のこの記事のことで、僕も僕自身褒められたものではないと感じています。

      ミニマリズム、もっと面白くなるといいですね。

  2. 名前:パパQ 投稿日:2015/07/16(木) 00:45:35 ID:da68d1a0e 返信

    はじめまして、パパQと申します。サイトを取り上げていただきありがとございます。ここでは書きにくいのでサイトでコメント記事書かせていただいてます。
    一つ質問ですが、ミニマリストとミニマリズムを分けて使っていますが、何か意味があるのでしょうか?

    • 名前:西沢朋 投稿日:2015/07/16(木) 07:29:11 ID:d9fe9a4f7 返信

      返信遅れ申し訳ございません。
      反論はすぐに拝読し回答せていただきます。僕のような小さな者に反論して頂いたことまずお礼申し上げます。ありがとうございます。
      あとご連絡なかったこと、誠に申し訳ございませんでした。やはり、礼儀の上でも議論を素早く深めるためにも必要なことだと再認識させて頂きました。

      さて、ミニマリストとミニマリズムの使い分けですが、前者は人を指す場合で後者は思想を指す場合として使い分けております。