ミニマリストを四つに分類してみた

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これはミニマリストに対してではなく、ミニマルな生活に興味が出て検索し始めたような人に向けてこの記事を書いた。ミニマリストがガジェットを紹介していたり、ミニマリストに貧乏くささを感じたり、ミニマリストは何が楽しいの? などの疑問・誤解が少しでも晴れればと思い書いた。ミニマリストという語は今ごった煮状態で、初見殺しの様相を呈している。

まず断っておきたいのだが、僕はミニマリストという言葉に非常に興味関心がある人間だ。それはその生活に魅力があり、幸せの一形態がそこにあるのを垣間見たからだ。僕はミニマリストを批判したいわけではない。

だが、数多くの人がそれぞれの思惑で好き勝手にミニマリストを語るせいか、ミニマリストという言葉自体が虚飾に飾られゴテゴテしたものとなってしまっているのはなんとも虚しい気がした。

そこで雑然として散らかったのを少し整理整頓してみて、ミニマリストを少しすっきりさせてみようと思った。これから四つの分類を示すが別段ミニマリスト各位にあなたはどれに当てはまりますか? などと下らないことは言わない。僕が望むとすれば、ミニマリストではないがこの言葉を調べるにまで興味をもった方が数あるブログなどの記事をみて混乱しないための一つの指針になればと思っている。

分類は四つ。それが以下だ。順に説明したい。

  • 広告の人
  • 質の人
  • 独房の人
  • 遁世の人
広告

広告の人

Googleのキーワードプランナーで調べてみるとミニマリストというキーワードの検索数はこの一年で3倍に増えている。はてなブックマーク界隈では議論が盛んに行われている。広告の人はこの機会を逃すはずがない。

広告の人の目的は収入に他ならない。人よりも興味深いミニマリストに関するであろう記事を上げ、少しでもPV数増やすことによって生じる収入を最大の目的としている。

ガジェット類を紹介しているのはこの広告の人だ。彼らは目的である収入、つまりアフィリエイトだが、広告主となってその掲載した商品が見られるなり買われるなりすればその目的を達することができる。アフィリエイトに関しては腐るほど記事がネット上に沸いているので興味ある方は検索すればいい。

広告の人にとってミニマリズムは道具だ。ミニマリズムを掲げることによってPV数を増やし、収入が増え、より良い生活を手にできるといった具合だ。

広告の人からは実際に活用できる情報を手にすることができる。そして、その競争原理から日進月歩でその練度が高まっている。誠実な広告の人であるなら、当の本人が実践しているであろうから、紹介している物がミニマリズムという視点から有用か無用かを判断する試金石になってくれる。

しかし、広告の人は常に矛盾が付きまとっている。ミニマリズムは物を限りなく少なくすることにその重きを置いているが、広告の人は最終的に物を買わせることに取り組まねばならない。純真な読者は困惑してしまうかもしれない。

質の人

質の人の目的は自身のQOL(Quality of Life)だ。質の人にとってミニマリズムは幸せになるための方法のひとつだ。物を少なくすることがより良く生きるための一つの解だと質の人は答えるだろう。

より少ない物でより綺麗になるには? より少ない物で効率的に家事を行うには? より少ない交際で幸せを勝ち取るには? 質の人はQOLのためにアンテナを張り続けている。ミニマリスト系のブログをチェックし、ミニマリスト系の書籍を読み、ミニマリスト系の言葉に心惹かれる。なぜなら質の人自身の幸せがそこにあるはずだからだ。

もしかすると、ライフハック系の匂いが漂っているのはそんな質の人からかもしれない。少ない手間暇で美味しくできる料理や効率的な洗濯方法などはこの質の人に尋ねれば八百万ほどの回答が得られることだろう。その中からあなたに合った方法探すことは少し苦労を要するかもしれない。

質の人は自身がミニマリストだとどうしても言い切れない節がある。質の人にとってミニマリストはある意味ゴールだからだ。幸せになったその時に晴れてミニマリストを称することができると考えているのかもしれない。質の人は常にポジティブを欲する。なぜなら、質の人は基本的には自身を未だ不幸だと感じているからだ。現状に取り巻く人付き合いなりの自分ではどうしようもない不幸をなんとか払拭しようと積極的に行動する人こそ質の人だ。質の人にはネガティヴな意見に構っている暇はない。

質の人がなぜブログで日夜ライフハックを披露するのかといえば、この方法は正しいのか自身では解決できないからだ。そのために優良な仲間を探している。承認してくれる仲間を探している。最小限のネット上の仲間は質の人にとって都合がいいのだ。

独房の人

語らずとも部屋の写真をひとつ掲載すればこの人はミニマリストだと誰もが認めるだろう。なぜなら伽藍堂でカーテンもない空間を見せつければそれで事足りるからだ。それが独房の人だ。独房の人には物という物全てが必要ないのだ。物なんてなくていい。独房の人の目的は物を持たず生きることに他ならない。

もし、独房の人になろうと思ってもあなたの環境次第ではなれないかもしれない。物の一切を捨てるだけで独房の人にはなることはできるが、近くにコンビニや外食産業が軒を連ねていなければ食うこともままならないだろう。物を持たなければ生きていくことが難しい。独房の人は物を捨てるために住む土地すらも選んでいることになる。これはかなりハードルが高いと言っていい。

独房の人は物を持たないことによる制約も辞さない。飲む打つ買うはもとより、食うことも自分で用意できない。着る服も限られる。男女の交際もそれを受け入れてくれるパートナーを探すところから始めなければいけなくなるかもしれない。人よりも制約ある生活を強いられるがそれでも独房の人は物を持たないのはなぜか。それが独房の人にとっての自由に他ならないからだ。

物に煩わされる時間を最も嫌う独房の人は、もしかすれば元々物を多く所有していた人たちなのかもしれない。物をいくら増やしても満たされなかった経験がそうさせているのかもしれない。なろうと思ってなったのではない。独房の人は何もない部屋に気が付いたら住んでいたのだ。だれも好き好んで独房に入る人はいない。だから敢えて独房の人と名称させてもらった。

独房の人の生活はここまで何もなくても生きていけることを証明してくれる。これがなければどうにもならないと自分の人生に不満を抱いている人は是非この独房の人を参照するべきだ。何もなくても生きていけることをまざまざと見せつけてくれる。そして、その軟弱な心を打ち砕きブレイクスルーさせてくれることだろう。

遁世の人

物への執着を捨てることがミニマリストなら、この遁世の人はミニマリストではないのだろうか? 遁世の人の目的は世俗からの脱出だ。遁世の人が捨てるのは物ではなく事で、人付き合いや謝辞麗句、礼儀・慣習・常識、その他もろもろのそういった面倒な「コト」だ。しかし、結果としてそういったコトを捨てれば、自ずと概ねのモノも不必要になってくる。遁世の人を一言で表せばそれはミニマリストに他ならなくなる。

都会でのめまぐるしく変化する日常から逃れ、自然の心地よい静寂に包まれたスローライフを望んでいる方は多いのではないだろうか。そう考えているのは何も年配の方々だけではなく、30代以下の若者やドロップアウトにはまだ早い50代で多く、田舎での生活を望むとの回答が増えている。「東京在住者の今後の移住に関する意向調査」の結果概要について
理由にスローライフや地産地消などが挙げられているが、自然体で生きてみたいという願望をうかがい知ることができる。

遁世の人はまさにこれを実現した・しようとしている人に他ならない。他人に綺麗に見られたいがために着飾ることはしないし、敢えて他人と関わろうとも思わない。思考も基本的にネガティヴで、将来のことだとかスキルアップだとかそういう目的は敢えて持とうとも思わない。何もしていない自分を鏡で見ても心をあくせくさせることもない。

先ほどから抽象的なことしか述べられないのには訳がある。遁世の人は遁世しているだけあってブログとしての表現媒体にはほとんど姿を現さない。だが、先ほど挙げたソースでもわかる通り、未実行にせよ望んでいる人が相当数いるのだから遁世されている方もそれなりの数がいるはずだ。サイレントマジョリティーと言っていい存在であろう。それは雲をつかむような話で、なかなか形となって現れないから受け手としては漠然とした捉え方でしか語れない。

だがそれでもブログで筆をとっている遁世の人も中には存在している。不定期更新でその人が書きたいときにだけ書かれるので気長に待つしかないが、それでもいることは確かだ。ブログでなければ、日本なら鴨長明、兼好法師を例に挙げられるだろう。大陸では老子・荘子がその例だ。遁世は現代特有の話ではなく、古から続く隠れた思想なのだ。

僕たちは彼らから何を学べるのかと問われれば、僕はまだわからないとしか言えない。

結び

もし、ミニマリストに興味が湧き、いくつかのブログを読んでみてふと疑問におもったなら、この分類を使って、「あ、この人は広告の人だ」という具合に片付けて行って欲しい。説明してきた通り広範にわたるこれらの意味をミニマリストの一語で内包しているものだから、歪みが出てきているだけなのだ。これらの分類でどれに惹かれたのかを捉え、そして分類に沿うブログなり書籍なりを効率的に見つける手助けになれば、この記事の意味が出てくることだろう。

しかし、正直こんな長文を誰が読むのかと書いていて辟易としてしまった。そもそもミニマリストという英語が流行った当のアメリカを考えれば、広い住宅でも収まらず貸し倉庫を借りる始末の超大量消費社会で、それはちょっと考え直した方がいいんじゃない? ということで生まれたのがミニマリズムであって、ハナから住居も狭く物も比較的少なく、質素倹約を旨としてきた日本人からすれば、アメリカ人が言い始めたミニマリストが普通の生活を送る人に他ならない。あちらの映画館のコーラのMサイズがこちらの特大サイズだというのと同じ話だ。

日本の独特な意味でミニマリストが定着すればとても面白いことだと思う。

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