とある「集会」に行った話

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概ね20代、上は30歳だろうか。それが40人ほどの妙な熱気を放つ集会に参加してみた。

心斎橋近くのコジャレたカフェバーの半分を貸し切った、2ドリンク1000円と「とある人」の話を聞くのに500円、しめて参加費1500円の集会だった。参加者は3~40人ほどで風変わりな気勢があふれていた。

執り行われた内容は簡単なもので、ひと通り集まった頃合いにとある人の話を地下で聞いた後、参加者同士飲みながら話すというものだった。

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とある人の話

地下で実施されたとある人(32歳だったか)の演説の内容を箇条書きにすると以下のとおりだ。

  1. 自己紹介
  2. 近況報告(豪華客船でのクルージングやビーチや体育館などでの催しなど)
  3. 毎日を楽しんでいることの強調
  4. ルーチン的な生活の暗さとの対比
  5. S氏との出会いでの変化
  6. 権利収入の重要性
  7. これからの日本では20%の権利収入者と80%の労働者に別れる、との説明
  8. 前者になるためにはこういう場での繋がりと権利構築が大事だ、という強調

スピーチ時間は1時間半程で、かなり訓練を積んだか、回数をこなしたであろうことが話しぶりから伺え、笑いも交えながらの非常に流暢なものだった。

順を追って説明する。

1番は自身の年齢、性別、既婚であるなどの基本情報で言わずもがな。

2番の近況報告はとある人のここ2週間ほど何をしていたかを説明していた。結局この項目に一番長い演説時間を割いていて50分程だった。僕は長い印象を受けたが、豪華客船の綺羅びやかな内装や見知らぬ国の風景写真なども映しだされていたので興味関心のある人には憧れてしまうようなものだったろう。みやげ話としての面白さがある。後半の話に繋げるため、ルサンチマンを煽るような雰囲気を醸し出しているように感じ、クルージングは年収1000万以上ないと参加できないという発言が繰り返し出てきたのは印象深かった。

彼のスケジュール帳はすべて遊びで埋め尽くされているとのことだ。彼曰く遊び=仕事だそうだ。3番で、私には曜日はない、という趣旨の発言は印象的だった。それは4番の僕や客が送っているような日々はつまらないものだという価値観の話につながっていった。会社と自宅を行ったり来たりし続ける生活は面白みがないととある人は説く。

とある人も昔はそういった生活を強いられていて苦しい生活をしていたようだ。しかし、それは考え方、彼ら風に言えば”マインド”のせいだという。5番で語られたのはS氏との出会いが彼の”マインド”を変えた劇的模様だった。

6番では彼らが忌み嫌うルーチン生活から脱却するためには権利収入が重要だと語られた。

労働時間収入職業
ブラック企業など
医師など
パート、アルバイト
経営者、権利者

上の表のようなものを使って、時間と収入のバランスが人生をエンジョイするには大切であり、一番下のような理想的な生活を手に入れるには経営者や権利などの収入が欠かせないと熱弁する。

7番では格差の問題、二極化が取り上げられる。とある人が聞いたとあるフィナンシャルプランナーの話では今後10年で日本は二極化が必至で、雇用者と被雇用者の収入格差は尋常ならざるものに陥るという。そうなれば被雇用者として収入を得るのは非効率であり、もし豪華客船で長期のクルージングなどで人生をエンジョイしたければ経営者や権利者側に回るしか道はないという。確かここで、とある人の年収が1億だと明かされたと記憶している。

そして最後にこの集会のような繋がりが大変重要で、金持ちの”マインド”は金持ちと触れ合い話さなければ身につかないという。今日はなんととある人の人生を変えたS氏がそこにいるということで是非上で飲みながら話を聞き楽しんでほしいと言って演説は締めくくられた。

演説のあとの場の雰囲気

金に焦点を絞り、熟議闊達である。

どうやらこの集会は毎月恒例で行われているらしい。そして全員が誰かの紹介でここに訪れていて僕も同様である。紹介した・された者たちでグループができているようで、紹介した方々はそれぞれある程度の知り合いになっているようだ。この会の発起人はS氏で60近い男性だ。そんなS氏に話を聞きたく周りにひときは大きい黒山ができていた。

僕も促されS氏に近づいて話を聞いた。S氏はどうやらバーの経営からはじめ成功を収めた人のようだ。ちょいワルおやじを絵に描いたような外見で話しぶりは単節、言い切る様から自信がみなぎってるのが伺える。「夢を語れ」「友達ではなく仲間を作れ(友達は偶然できたものだが仲間は志を同じくする者と氏は語る)」「権利を作れ」「孫正義と一回でも食事をすれば考え方は180度変わる」などが僕がS氏から聞いた話の要約でありほぼすべてだ。試しに小説で食って行きたいと言ってみたが、小説は趣味でやるべきで彼らの言う権利にはならないと返された。では権利はどういったものか? どうすれば権利は獲得できるのか? と問うてみたが抽象的な言葉で包まれ明かされなかった。

僕が20時から0時まで滞在した集会の全容はこれですべてだ。以下は僕の所見を述べたい。

とある「集会」の僕の所見

本稿はもっと深部まで関わった後に以下の疑問が晴らせた後に脱稿するつもりだったが、個人的なやりとりで僕の自尊心などを踏みにじる言動が続きもう嫌になってしまったことは読者方々に謝りたい。ちょいちょいあるのだが、ひとつをご紹介するなら「いつまで今の生活は続けるの」と言われたことがあったことをここに記すに留めたい。

1、権利とは何か

演説のとある人もS氏も、引いては僕をここへ招待した方もしきりに発するこの「権利」という言葉が気にかかる。僕は再三その内容を伺ったが、土地やマンション、株などではないと断言するものの、結局具体的なものは最後まで誰からも語られることはなかった。ここで考えられるのは、パクられると損失につながるような技術的なものであるか、秘匿することを密約されたグループでの商材、もしくは公言するにははばかられるような物騒なものか。他に考えられるものがあればいいが僕には思いつかない。ただ、技術的なものであるならわざわざ匂わせるような言い方はそもそもせずに初めから黙っている方がいいので可能性が薄いことを踏まえると何やらきな臭く思えてしまう。なにせ億を稼ぐほどの「権利」だ。とある人はつい先日になってようやく法人化に向けて書類作成をしていたと語っていた。個人事業主で”利益”が億となると相当なシロモノであろう。僕の中ではひとつの解しか導けていない。

2、なぜこんな夜会を開いているのか

これも不明瞭だった。プラスチック製のカップに酒が二杯で1000円と500円売上が一応あるわけだが、心斎橋近くの好立地にあるカフェバーを半分貸し切ってのイベントとなると正直しょっぱいものがある。観察していたがフードを注文している人間は一人もいなかった。カフェバーの売上も敷地の半分差し出して6万では話にならないのではないだろうか? 双方ともに次につながる何かを期待しない限りこんなことをするとは思えないが何かのコミュニティへの参加を呼びかけることもなければ、facebookでイイねしてくださいというのもない。正直、僕みたいなひねくれ者には胡散臭く思えて仕方がない。それが毎月行われていると聞けばなおさらだ。そんな僕にS氏やとある人は、「啓蒙活動でボランティアみたいなもので、自分たちのような”マインド”を持った人々をもっと増やしたい。」と語る。もうでかい釣り針にしか見えない。鉤爪が内側にもついた、一度含めば二度と取れないような。

3、ほとばしる意識の高さ

もしかすれば僕の意識が低すぎて相対的に高く見えているだけかもしれないことはまず断って置かなければならないだろう。その上で僕の主観を述べる。

話した人間の一言一言が気に食わず鼻持ちならなかった。まず演説の冒頭で自慢話で始まったところからいけ好かない。みやげ話を土産もなしにむしろ金を払って聞かされるとは思っても見なかった。それから僕の価値観がそう感じさせたのだろうが、仕事を金を稼ぐこととしか捉えていないところが無粋で品のない嫌なものに映った。勝ち組負け組論で格差を肯定し扇動する語り口にも嫌悪感を覚えたし、何よりすべてが不明瞭で不明確だ。フィナンシャルプランナーとは一体誰なのか? 20%80%という数字はどこから算出したのか? なぜ年収をあけすけに晒すのか? まるで分からないし理解できない。階段を上がっても香ばしさは続く。圧倒的情報量不足でアフォリズムだけ飛び交う阿呆な空間で飲む酒はすこぶるまずい。

香ばしさの一端を例に挙げるなら、こんなことがあった。僕がS氏におすすめの著書を聞いてみると、犬飼ターボの『チャンス』が示された。その時、S氏を囲む輪に名前も知らぬ青年がふたりいた。双方ともに年齢確認をしたくなるほどの童顔で、口ぶりから察するにひとりがひとりをこの場に初めて誘ってきたようだった。その著書名が出るやいなや、その連れてきた側の青年が「あなたも読めばいいんじゃないですか?」と僕に言った。僕はむっとしたが、おそらくS氏と話したく僕を邪険にしたのだろうと思い、読んだことがあるのかだけ聞いて、ないことが知れたのでその場を離れた。あとでその本を調べたが、極貧生活を送る主人公が成功者の助言で成功すると言った内容だったことにはむしろ感服してしまった。参考のためその著者による著書の紹介サイトを貼っておく。

“著書の紹介「CHANCE 成功者がくれた運命の鍵」/犬飼ターボ公式HPハピサク道”

結論:自分だけが幸せになればいいというのは下劣に思えた。

僕はこのブログを2,3その場の人間に紹介している。なので、これを公開すると同時に縁も切れると思っている。それでいいと考えたからこれを執筆するに至った。なぜ、それでいいと考えたかといえば、ひとつは格差が広がることを認知していながらそれを食い止めようとは思わず、むしろ尻馬に乗って扇動していることが気に食わなかった。個人でこの流れに逆らうことはできないから、個人としてこういう生き方しかできないというスタンスではなく、率先して80%を食い物にして自分は贅沢三昧な日々を暮らすことが幸せだと豪語する。子供が起きる前に出勤して子供が眠った頃に帰ってくる人間を貶めた。たとえ曲解して、あれを心底善意で僕に紹介したのだとしたら、余計にたちが悪く感じた。その他はこれまで語ったことから察してほしい。

ただ、これは僕の感想で、僕が狂人であり、狂人から見た社会は狂ったように映っているだけなのかもしれない。上でつらつら述べた感覚が今や日本社会一般の感覚なのかもしれない。ただ、僕はそんな世の中はクソ食らえと言ってやりたい。

以上

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