うま味調味料が切れてたので鰹節ぶっ込んだらうまかったお蕎麦

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お腹がぺこぺこだった。米に水を浸すのも待てない。とりあえずで良いからなにか食べたかった。
開店直後のスーパーで惣菜か弁当でも買ってしまおうとしていたが、早すぎるとろくに並んでいないとは知らなかった。
唐揚げもおにぎりもない。
あったのは天ぷらだけだったので、仕方がないと、エビ天と値引きのそば2パックとを一緒に買って帰った。

とにかく腹が減って仕方がない。
酒とみりんを一煮立ちさせて、水をワンカップ。

……顆粒だしがない。
ここで気がついては何もかもが遅すぎる。
戸棚という戸棚をすべて開けて見つけたのは鰹節。
もうこれをぶっ込んでしまえ。
少々食いづらいだろうが、この際まずくなければそれでいい。
塩を少々、醤油を適当に注いでかき混ぜた。

蕎麦を入れて、上にエビ天をのせた。
気持ち温まったところでどんぶりに移してできあがり。
妙に香りがいい。さすが鰹節だけはあるな、と湯気をかぎながら卓についた。

一口すすっただけで明らかに違うことがわかった。
今まで顆粒だしで作っていたものはつゆではなかったのだ。
ああ、なんてことだ。
醤油が違う、酒が違う、塩が違うと、日を重ねるごとに少しずつ、店の味に近づけるだろうと、それぞれ少し良い物をそろえてきた。
確かに、その時、その時々にも「うん、よくなった。やっぱりこれがダメにしていたんだな」と納得していたが、今度のこれはそんなちゃちな違いとは桁が違った。

圧倒的な差、別の料理に思えるほど違う。
いや、ジャンルが違うといっても良いほどに違う。
顆粒だしで作った何かと鰹節で作った何かは何もかもが違うのだ。
フォンドヴォーと白湯は全く違うのだ。
ああ、なんてことだ。
冷や奴にと買って手持ちぶさたで何ヶ月も使いように困っていたことが馬鹿みたいだ。
そもそもだし用とでかでかと書いているではないか。
「顆粒だしのほうが安いから」と割り切っていた、いや割り切りさせられていたことがなんと悔しいことか。
このつゆは涙の味だ。
顆粒だしにすれば安くなるというのならまだ救いはあったのだ。
だが、あんまり変わらないどころか、下手したら鰹節の方が安くつくのだから腹が立つ。
残った言い訳はこしとる手間だけだが、さみしい一人暮らし、鰹節が入ったままでも文句はない。むしろ、濾したらガラがもったいなくて嫌になる。
手間なんてない。鷲づかみにして投げ入れるだけでいいのだ。

ふと考えた。
色々便利になる前の日本人の方が、今の日本人よりもずっと良い味とつきあっていたのではないだろうかと。

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