尾崎豊のラブソングについて色々と語りたい

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尾崎豊のライブに行ったことある方が本当にうらやましい。
僕が尾崎(ファンには呼び捨てにされるのを好んだらしい)を聞き始めたのは中学三年生の頃で、三年になってようやく友達になったAから勧められたのが「Forget-me-not」だったのを今でも覚えている。
それから毎日アルバムをむさぼり聴いた。

想像力の乏しい僕が触れた尾崎の詩は、尾崎が経験したであろう情景をありありと見せた。
Mr.Childrenを「なんか良いこと言ってるな」というぼんやりとした感覚で聞いていたような僕にとっては、良いか悪いかはわからないけど脳内で画が浮かんで、その画に引き込まれる感覚でしびれていた。

今回はそんな尾崎豊の詩について色々書いてみたい。

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ダンスホールで踊っていた小粋なドラ猫


尾崎がオーディションの時に歌ったのが「ダンスホール」だったと記憶している。
この曲で衝撃を受けたのは、「あたい」と彼女の台詞調に表現が変わるところだ。

あたいぐれはじめたのは
ほんの些細なことなの
彼がいかれていたし
でもホントはあたいの性分ね
学校はやめたわ
今は働いているわ
長いスカート引きずってた
のんびり気分じゃないわね
少し酔ったみたいね
しゃべりすぎてしまったわ
けど 金が全てじゃないなんて
綺麗には言えないわ

尾崎の詩はかなり具体的だなと常々感じていた。
僕はこの詩の中で、”金が全てじゃないなんて綺麗には言えないわ”の部分が特に好きで、こんな台詞が吐ける女性に是非会ってみたいし、ここで語られる女性はさぞかし魅力的だったのだろうなと憧れて止まない。何よりもこの台詞には圧倒的なリアリティがある。

この女性は「米軍キャンプ」という歌にも登場する。

二人の関係が深くなった後”報われぬ愛”に至るという悲しい曲で、その中でもここの鋭さが曲調と相まってギクッとする。

昨夜は店の客にせがまれて 海へ行った
けんかばかりしててつまらなかったと 笑う
知らない男の名前をお前が口にする夜 涙で
はらました男のリングが 光ってた

”生の経験は生々しすぎるんじゃないか? 本当に強い経験をしたとき人間はそれを知らんもんですよ”と言ったのは小林秀雄だったと思う。

もし、一緒になって毛布に包まるパートナーがその詩のような理由で涙したら、僕は一体どうなってしまうのだろうか……。
男のリングが涙で光る瞬間を果たして捉えられるだろうか。

僕は尾崎という人間が恐ろしい。
どんなときでも彼女を見つめ続け、考え続けていることが、詩からひしと伝わってくる。
尾崎から愛を無くしたら村上龍になるような気がしてきたが気のせいだろう。

何がそうさせるか、愛に決まっているではないか。
僕はこれ以上のラブソングは無いとそのとき思った。
「ダンスホール」もそうだったが、せっかくの一人称なのに、自分の心情が一文しか触れられない。
それ以外はずっとその彼女の事を歌っている。

僕はあんまり音楽に広い方ではないが、巷で流れる歌はどうなのだろう?
ラブソングなのに自分のことばかり歌っていると、そこには愛がないなと。
たぶん自分を愛せる人なんだろうなとうらやましく思う。

I LOVE YOU

尾崎は「十代の代弁者」と言われていたそうだが、こんなこと思って生きてる十代がこれ以上いてたまるか。

ちなみに今までで登場した曲は全て尾崎が十代の間に作られた曲だ。早熟にもほどがある。

「I LOVE YOU」はたぶん宇多田ヒカルがカバーしてから多くのアーティストがカバーしているので僕ら世代の人でも聴いたことのある代表曲のひとつだろう。

どうやら尾崎はできるだけ英語を出来るだけ使わないポリシーがあったようで、この曲は埋め合わせのように作られたので例外だそうだ。
ニューヨークで住んでいたにもかかわらずだ。
なぜ英語を使わなかったのか、理由を僕は知らない。
ただ、日本語しか知らない僕にとって、尾崎が何を言いたいかを知る上では、尾崎のそのポリシーは最も効果的だったと言える。
おそらく、伝えたいことが湧き出てきていた人なのだと思う。

そんな心情が反映されてか、尾崎節といおうか、字余り気味の歌詞をなんとか詰め込んだような感じがある。
この曲では、

I LOVE YOU
若すぎるふたりの愛には 触れられぬ秘密がある

の部分だろうか。
この言葉があふれ出てくる感じがたまらない。
ただこの感じは好き嫌いが分かれる箇所だとも思う。
だからその感じが比較的薄く、優しいメロディも相まってちょうど良いあんばいになったから、「I LOVE YOU」は今だ聴かれる曲になったのかもしれない。

その感じで言うなら、僕は「Forget-me-not」を押したい!

時はためらいさえも ごらん愛の強さに変えた
時々僕は無理に君を僕の形に はめてしまいそうになるけれど
ふたりがはぐくむ愛の名前は 街に埋もれそうな小さな勿忘草

勿忘草の花言葉である”私を忘れないで”は物語が元になっている。
時は中世、騎士ルドルフとその恋人ベルタはドナウ川の川沿いを歩いていた。崖下に青くて綺麗なこの花が咲いてるのを見つけた騎士はそれを摘んであげようとしたそのとき、あやまって川へ落ちてしまう。流れが速く、もう助からないと思った騎士はとっさに「忘れないで」と手につかんでいたその花をベルタに投げ渡す。
恐ろしくも悲しい物語だ。

この曲は今まで紹介したラブソングとは違い、「いずれ訪れる終わり」という影が永遠の愛の意思で晴らされているところにある。
愛の危うさを乗り越えようとする決意が感じられる、勇気ある詩なのだと、僕はそう解釈している。
その思いがぎっちぎちに詰まっているのが、上の引用部分だ(カラオケで歌うとここがしんどい)

ラブソングではないが有名な「卒業」のラストのサビの部分でもそのオンパレードで、聴いていると思わず息を止めてしまうのは僕だけだろうか。

尾崎で紹介したい曲はまだまだあるのだが、今回はラブソングで縛って話してみた。
以上。

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