スルメなギャング映画ベスト5

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ジャンルごとに記事にしようと考えてみると、僕が観ている映画が偏っているせいか、例えば恋愛映画なんかだとそもそも観た本数が少なすぎて、その中からさらにスルメを探すとなると記事の価値として陳腐になるだろうと思って困った。

ただ、ギャング・マフィア系の映画ならそこそこ観ているので、このジャンルでスルメな映画をピックアップしたい。

前回のスルメ映画紹介記事同様、出来るだけネタバレはしないようにする。タイトル横の数字は公開年で、順序に優劣はない(ランキングではない)ことに注意されたし。なお、「仁義なき戦い 広島死闘編」も是非ここでピックアップしたいところではあるが、前回の記事で紹介した故割愛。では。

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カリートの道(1993)

ブライアン・デ・パルマ監督作、主演はアル・パチーノ。ちりちり頭のクソ弁護士がショーン・ペンであることに驚いてほしい。

ブライアン・デ・パルマとアル・パチーノというと「スカー・フェイス」が名作として挙がるだろうが僕はこの「カリートの道」を押したい。監督の作品では他にも「キャリー」やデ・ニーロが役作りで髪の毛を毟ったので有名な「アンタッチャブル」がある。確かにどれも見応えは十分なのだが、ひとつを選べとなったらやっぱり「カリートの道」を選ぶと思う。

元麻薬王のカリートが五年の刑期を終え出所するところから物語は始まる。仁義の無くなった裏社会に嫌気が指したカリートは足を洗い、元恋人のゲイルと遠い南国バハマでレンタカー屋を開く夢をいだき、堅気の収入で金を貯める。ゲイルともよりが戻り順風満帆かに思えたが、かつてカリートの弁護士であるデイブからとある依頼を受けることになり……。

ギャング映画は出てくる男がかっこいいところに魅力がある。僕はカリートのようになりたいと観るたびに思う。アル・パチーノの出演作を片っ端から観るようになったのはこの映画がきっかけで、「ゴッド・ファーザー」シリーズで有名な俳優だが、かっこよさはカリート姿のアル・パチーノが最高だ。カリートのかっこよさは、内に秘めた夢への飽くなき熱意と仁義を通す人情が不器用な形で時折顔を覗かせるところにある。

映像手法に関しても本作は見所満載で、特にセントラル駅攻防戦、エスカレーターでの長回し1カットは必見だ。通しで見終わったあとにでも巻き戻して観てみてほしい。思わず息を飲むシーンは考えに考え尽くされたカメラワークあってのものだと実感出来るはずだ。

ちなみに、僕が変わり果てた姿のショーン・ペンに気づいたのは二回目のエンドロールを追ったときで思わず「え!」と声に出してしまった。

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ(1984)

監督、セルジオ・レオーネ。出演、ロバート・デ・ニーロ、ジェームズ・ウッズ、ジョー・ペシ、エリザベス・マクガバン。

とあるギャングたちの少年期から晩年まで、一人生を描いた本作。ひと世代を描ききった作品としてはまたもやフランシス・F・コッポラの「ゴッドファーザー」シリーズが思い浮かぶ(やはりこの作品は何かとすごいことを今更ながら実感している)。「ゴッドファーザー」は三部作となっているが、本作はそれを一本で完結させているから尚すごい。他にも「グッド・フェローズ」が挙げられるだろう。

まず特筆すべきはその尺だ。上のアマゾンリンクでのバージョンは229分(3時間49分!)となっている。リアルタイムで映画館で観たという僕の母曰く、あまりに長いので途中休憩が挟まれていたらしい。ちなみにハリウッドの一般的なシナリオテキストを参照するとどれも2時間を基準においている。

内容に移ろう。
マックスとヌードルス、悪ガキの間で芽生える友情や、少女デボラとの優しい恋が渦巻く少年期、禁酒法時代に乗って荒稼ぎ恐れるものは何もなかった青年期、仲違いのあとの晩年。そして迎える筆舌しがたい結末を是非ごらんになってほしい。きっと少年期青年期での彼らの人生が走馬燈のように駆け巡り、愛と友情が時に晒された時の儚さを感ぜずにはいられないだろう。

1930年代のニューヨークの街並みやファッションも見所のひとつ。悪ガキどもが着ているスーツすらかっこいいから観終わったあとの数日間はあんな格好がしたいと思ってしまう。

映画に欠かせない音楽は「ニュー・シネマ・パラダイス」のテーマ曲などでも知られるエンニオ・モリコーネが担当。もの悲しいテーマ曲にも耳を傾けてほしい。

レストランを貸し切ってふたりで食事するシーンはよかった……。

ロード・トゥ・パーディション(2002)

監督はサム・メンデス。出演にトム・ハンクス、ポール・ニューマン、ジュード・ロウ。

「カリートの道」が愛、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」が友情だったとすると、「ロード・トゥ・パーデション」は父子の愛を描いている。

父親は一体何の仕事をしているのか? 好奇心に任せたサリヴァンjrは父の運転する車に忍び乗り込む。とある建物の隙間からのぞき見た父の仕事はマフィアの殺し屋だった。
ボスの寵愛を受けていたサリヴァンに嫉妬したボスの息子はサリヴァンの妻ともう一人の子供を殺してしまう。残されたサリヴァン親子は復讐の逃避行を繰り広げることになる。

僕がこの映画を挙げたのは、浜辺の白い家でのワンシーン、この一点だ。この一点に父子の愛も恨みも嫉みも穏やかさも息子の成長も、トム・ハンクスとジュード・ロウの演技や窓枠から差す日光のぼんやりとした白とが相まって、全てが一点に凝縮される。
ギャング映画の大部分のシーンは夜で比較的黒が画面を占めることになる。それに比較すると際だって件のシーンは白く、顔の輪郭が飛んでしまうくらいに白い。そのせいか強烈な印象として残っている。

トム・ハンクスには珍しく恐くて強い殺し屋役で、観ればすごくはまっていて、やっぱり演技うまいな、と。ジュード・ロウのキチガイさもねちっこさが良く出ていて、トム・ハンクスとは対照的な狂気の殺し屋を演じていて際立っている。リュック・ベッソンの「レオン」の薬の飲み方が独特な人を思い出す。

俺たちに明日はない(1967)

監督はアーサー・ペン。製作・主演はウォーレン・ペイティ、ヒロインにフェイ・ダナウェイ。ジーン・ハックマンも出ている。

前回の記事でも紹介したアメリカン・ニューシネマの先駆けとなった作品で、実話を元にしていることを僕はあとになって知った。
殺人や銀行強盗が日常茶飯事な無茶苦茶カップル(ボニーとクライド)に対して当のアメリカ国民の一部に賞賛の声が上がったことにも、アメリカという国がかつては相当鬱屈していたことを臭わせてくれる。

ひとり退屈な日々を送るボニーは、危険な香り漂うアウトローのクライドに刺激を感じて行動を共にすることになる。それは機関銃をぶっ放しながら銀行強盗をはしごして各地を転々とするまさにボニーが求めたスリルに満ちたものだった……。

クライドがインポテンツで据え膳を断るシーンがあって、体の関係はなくとも二人は愛し合い代えがたい存在同士でい続けるところに、スリルを追い求める純粋さが混じって、美しく感じたのを覚えている。

本作はまさに時代を写した映画で、話の筋としては別段すごいところもない平凡なものであるにもかかわらず、なぜか二人の行動に憧れを禁じ得ない。もちろん実際強盗や殺人をニュースで聞けば反吐がでるわけだが、まるで砂の城を崩す時のような、ずる賢い大人たちが取り繕ってきたちゃぶ台をひっくり返してやりたいような気分があるのもまた事実だ。
もし、この映画が今では駄作と論ぜられているなら僕の狂気で片付ける話だが、アマゾンのレビューなんかで高得点をたたき出し続けている現状を見ると、1930年代と1967年頃のアメリカと、現代の日本には何か似通った空気が張り詰めているのではないだろうか、と疑わざるおえない。時代はまさに恐慌である。

あなたはどうだろうか?

ゴッドファーザー(1972)

監督、フランシス・F・コッポラ。出演、マーロン・ブランド、アル・パチーノ。

載せるべきかせざるべきか迷い、結論、やはりこれを外すわけにもいかないと思った。載せるか迷った理由はこれがジャンルとしてギャング(マフィア)物としていいのか、家族物ではないか? という疑問がわき起こったからだ。
本作か二作目である「ゴッドファーザーPart2」のどちらかも迷った。純粋にマフィアものとすればPart2が適切だとも思うが、僕の中で「どちらがスルメ」かと問われれば、やっぱり本作になってしまうのだ。その一端をこれから説明したい。

マフィア一家として生きる家族、特に父ヴィト・コルレオーネとその子マイケル・コルレオーネの葛藤と苦悩を描いた本作だが、その情景がもっとも際立っている名場面だと思うのが、家族に囲まれる中で半死半生から目を覚ましたヴィトがマイケルの姿が見えないことで全てを察するシーンだ。僕はこのシーンが何度観ても好きでたまらない。
ヴィトは末っ子のマイケルだけは堅気にしたかった。だが、性格や手腕から適任であったこともまたわかっていた。そんなジレンマは自分が寝ている間にマイケルが一家を取り仕切っていて絶望に変わってしまう(だからマイケルだけいなかった)。悲しみがわき起こり言葉なく手で払いのける仕草だけで家族を部屋から追い出す。一挙手だけでこれだけ思いが駆け巡る映画は滅多にない。こんなシーンがごまんと凝縮されているのがこの「ゴッドファーザー」なのだ。

ある人はソニーのあのシーンを、ある人は洗礼の場面を、ある人は結婚式を、またある人はシチリアの方の結婚式を挙げるかもしれない。書けばきりが無い。とにかく登場人物が多く、さらに人物それぞれの思惑が絡み合いまくっていて、一度観ただけでは解きほぐせないだろう。そこがまさにスルメといえる。

名作中の名作過ぎて教養というより一般常識の域にある作品だと思うので観てない人は映画が好きでなくても観ておいて損はない。観たらたぶん映画が好きになる。

追伸

好きなギャング映画は他にもたくさんある。上に挙げたのも含めれば「スカー・フェイス」、その元である「暗黒街の顔役」や「アンタッチャブル」「グッド・フェローズ」「明日に向かって撃て!」「狼たちの午後」「ヒート」「RONIN」と挙げていくとなんだかアル・パチーノとロバート・デ・ニーロが好きなだけなんじゃないか? と自分を疑ってしまうラインナップで嫌になった。ただ、先に挙げた五作はスルメであることは間違いなく、僕の思想には相当影響を及ぼしている作品なのは疑わないでほしい。

ギャング映画ではないので省いたのだが、もし汚職にまみれた警察はもはやギャングと定義できるなら、またもやアル・パチーノだが「セルピコ」を挙げて計6作にしたかった。同じひげ面だが、こちらは正義感と情熱に溢れ、それがとがった形で表現されていてまた違った男のかっこよさを観ることができる。

次はSFの映画をまとめてみようかとも思った。

以上。

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